帝王院高等学校

参章-脆弱な夜想曲-

晴天に溶けるはカオスムーン

「んで、教室って何処にあるにょ?」


つかつか歩く神威の足音と共に、同じローファーでもぽてぽてと言う足音がぴったりな平凡二匹にハァハァしている主人公、可愛らしく小首を傾げてみたが。
176cmのオタクが読者サービスなど片腹痛い。ブリッコしたけりゃ修行して出直しやがれ、と言う話だ。

「…」
「嵯峨崎先輩が、Sクラスの教室は毎回変わるって言ってたなり」

然し無表情で何やら凝視している黒縁9号の心境は余りに知りたくない。
ちょっと今の仕草は可愛かったな、などと親馬鹿に近い事を考えた山田太陽は咳払い一つ、


「生徒手帳で判るよ。ティアーズキャノンにはゲートがあって、正面玄関に自動ドアがあるだろ?」
「ティアーズキャノン?そ〜言えばカイちゃん、メールに書いてあったなり。それなァに?」
「校舎の事だよぅ、ほら、あそこの」

北棟の最北端、Sクラス寮を背後に一望出来る巨大な建物を指差す桜に手を叩き、もぞもぞ携帯を取り出した。

「入学式があった所にょ!お写真ちゃんと撮ったにょ、ホストパーポーがガイドさんで素足なり!」
「ホストパーポーってなぁに?」
「東雲先生にょ。職員室が遠くて会議に遅れるんだって、二度寝すると!それってティアーズキャノンの事かしら?」
「入学案内に書いてなかったかい?校舎がティアーズキャノン、寮がリブラ。並木道がヴァルゴでー、校舎以外は、」
「星座の名前が付いてるんだよぉ、学園の施設にはねぇ」
「星座のお名前…」

ぱちくり、黒縁の下で瞬いた目付きの悪い双眸に気づいた美形が、近年何だか無表情と言うよりムッツリ何とかになってきた表情のまま緩く首を傾げる。

「牡羊座アリエスより、魚座ピースまでの12宝宮。ゾディアクの中央たるティアーズキャノンは、十二宮の力の象徴として建てられた」
「象徴?」
「へぇ、何か裏話みたいな感じだねー」
「初めて聞ぃたなぁ…」
「キャノン創設者は29年前の中央委員会会長とされている。…初等部へ進学した弟への祝いに捧げたものだと聞くが」

平凡三匹が何だかロマンチックと眼鏡を輝かせ、

「然し、その12年後。キャノンを捧げられた弟、当時の中央委員会会長である天皇陛下は姿を消した。奇しくも十二宮と同じ12年の歳月を経て、な」
「ふにょん、テンコーヘーカ?」
「そんな統率符初めて聞いたなー。プリンセステンコーかよ、みたいな!」
「普通、天は左席じゃないんですかぁ?俊君みたいにぃ、テンノウ猊下みたいなぁ」
「左席委員会創設者が、天皇陛下だからだ。俊に与えられた統率符と同じ、天皇と言う名を唯一与えられた『王』。
  …彼は初代左席委員会会長と共に、自ら帝王院を去ったとされる」
「ふぇ?お友達とお出掛け?」
「じゃ、お兄さん心配してんだろーな…。あんなモン造らせるくらい可愛がってた弟が居なくなったんだから」
「そぅですよねぇ…」

話が通じていない俊はともかく、Sクラス優等生代表の二人は悲しげだ。
二人共に兄弟が居る為、感情移入し易いのかも知れない。

「カイちゃん、僕ってば一人っ子だから羨まし〜にょ。お兄ちゃんが居たら毎日一緒に萌を探して、弟が居たら毎日一緒に同人誌描きたいですっ!
 お姉ちゃんが居たらこっそりベッドに潜り込んでしまうかもっ!ハァハァ、こんな愚弟売り払われちゃうかしら!」
「そうか」
「妹…お帰りなさいオニイチャン、なんて…いいな…」
「そぅかなぁ…」

お姉ちゃんや妹と言う単語にギャルゲーを思い浮かべたムッツリ太陽の隣、女三人男一人と言う大兄弟で育った桜が塩っぱい顔をしている。

「お姉ちゃんはぁ怖いしぃ、妹は意地悪だしぃ、…僕は弟が良いなぁ…」
「カイちゃんにはお姉ちゃん居ますか?!それとも妹っ?!」
「どちらも居ない」
「ふぇ?じゃ、カイちゃんも一人っ子?」

共通点に眼鏡を輝かせた俊を覗き込み、やはり全く変化しない無表情のまま、

「いや、弟と呼ぶべきは三人。…どれも愛らしい宝石よ」
「宝物かァ、イイなァ。ちくしょー、僕も今から弟作るにょ!」

爆弾発言甚だしいが、弟を作れるのは両親だけである事にオタクが気づく日は来るのだろうか。
教えてやるべきか、このまま純粋に育ってくれと見守るべきかで無駄に頭を悩ませている太陽は、腐男子を純粋と言えるのかでまた頭を悩ませている。

お疲れ様です。

「ま、何だい。お前さんには藤倉とか高野とか、弟にしては濃いキャラが揃ったんだからさー。いいじゃんか」
「ユーヤンは12月生まれで、セクシーホクロ君は6月生まれ。だから僕がユーヤンのお兄ちゃんにょ!」
「アハハ、じゃ、俺も弟だー。1月生まれだから」

大好き過ぎて今夜ベッドに潜り込んでやる、と企む太陽のプロフィールを想像よりも早くゲット出来そうなチャンスに、オタクの眼鏡が妖しく煌めく。
好い加減お姫様抱っこから降りてくれないだろうか。最初はあれだけ嫌がっていた癖に。

適応力の高いオタクだ。

特殊オタクフィルターによって、お姫様役を太陽と擦り替えれば楽しい事この上ないらしい。
うっかり涎が出そうだ。


「じゅるり。タイヨー早生まれ?」
「そう、1月30日生まれ。星座で言ったらアクエリアス、並木道にある噴水と同じ名前の水瓶座だよー。桜は?」
「11月1日の蠍座ですぅ、時計塔と同じ名前のスコーピオだよぅ」
「万聖節じゃんか、ハロウィン的な。覚え易いなー。俊は?8月何日?」
「18日なりん、シュウマイ…獅子舞!」
「獅子座の間違いだから」

朗らかな平凡三匹を眺めている黒縁9号に、当の平凡三匹が一斉に振り返る。
何処となく怯んだ気がする神威だが、オタクチックな黒縁三匹から振り返られたら流石にそうなるかも知れなかった。白百合が華麗にターンしても動じない俺様、高坂日向でもやはり怯むだろう。

嵯峨崎佑壱に至っては正座するかも知れない。いや、もしかしたら土下座するかも知れない。


「カイさんはぁ、」
「何月何日生まれの何座?血液型は?まさかB型じゃないよねー、俺A型だから相性最悪じゃん?」
「はいはいっ、僕B型ですっ!」


太陽と桜が同時に沈黙した。


「カイさんはぁ、」
「何月何日生まれの何座?」

と思ったら、今のオタク発言はなかった事にしたらしい。

「健気受けと強気受けと俺様攻めと鬼畜攻めのどれが好きなり?好きな体位は?」

然しフライデーも青冷めるパパラッチ俊によって、朗らかな雑談は徐々に妖しく変化していく。
後はもう、神威の解答に期待するしかない。


「4月3日生まれ、牡羊座アリエス。AB型のRHマイナス、好む好まざる体位に心当たりがない」
「答えた!セクハラ発言に無表情で答えた!…やるな、カイ庶務」

メモに忙しいオタクを余所に、太陽は生涯のライバルとして神威を認めた様だ。

これで太陽のライバル(但し一方通行)は二人、片や中央委員会生徒会長、片や左席委員会ぺーぺー。
そのどちらも同一人物だと明記する前に、


叶二葉はライバルではないらしい点に着目するべきだろうか。
太陽の中で二葉が人間扱いされているのかすら怪しい。


「好きな体位は模索中…ふむふむ」
「今の俺は俺様攻め候補として、如何に会長を満足させるべきか精進に励む最中だ」
「会長を満足させるべきか…ふむふむ、それでは俺様会長にターゲットを絞った発言として受け取っても宜しいにょ?因みに神帝を好きになった切っ掛けは?!」
「俊、お前の中で神帝は既に俺様攻めの最骨頂にあるのか?」
「会長が俺様じゃなかったら誰が俺様になるにょ!」
「ぁ、副会長の光王子閣下は偉そぅですよぅ」

毒舌上等の桜がにこやかにのたまった時、地を踏み締める足音が響いた。



「面白い話、してるね」
「顔貸して貰おうか、四人共」

わらわらわらわら、俊達を囲む複数の人影。
怯んだ桜を庇う様に太陽が身を乗り出し、全く動じない神威の腕の中からオタクが首を傾げた。

「眼鏡は貸せますがお顔は貸せないにょ。何か御用ですか?」
「アンタに手を出す事はないけどね。面倒だから」
「でもさ、アンタまだ理事会に承認されてないんでしょ?」
「意味、判るかな?」
「ちっ、次から次に厄介だなー、どいつもこいつも!」

俊を舐める様な笑みを滲ませ見つめる彼らに、案外短気な太陽が吠えた。

「ど〜ゆ〜事なりん?」
「理事会への提出書類があったろう」
「そいつを提出しなきゃ、俊はともかく、俺らは左席として認められないってコトだよ。…つまり、俊が何をしようが、左席委員会として扱われない俺らに何をしてもコイツらは処罰されない」
「ふぇ?」
「僕達が風紀に訴えてもぅ、謹慎処分になるくらいでぇ、中央委員会にバッシング出来ないんだよぅ!」
「ふむ?」

きょとりと首を捻るオタクはまだ理解していない様だが、しゅばっと神威の腕から飛び降り、クルッとターンを決めてツルッと転び掛けつつ、クネっと背を正し、


「それって、何か困るにょ?」
「困るも何も…」
「ぅわぁ、20人は居ますよぅ。僕ら四人にちょっと本気過ぎぃ…」
「確かに、些か大仰ではあるな」
「さっきの奴らのお仲間じゃなかったら、…さっきの奴らを操ってた黒幕って所かな」
「そこの小さい奴、鋭いね」

人の群れを割く様に歩み寄ってきた少年に、神威だけが微かな笑みを零す。

「新人じゃ失敗したみたいだから、わざわざこの僕が足を運ぶ有様だよ」
「ちっ、出やがったな!」
「はふん」

臨戦態勢の太陽に張り付く桜が青冷め、俊が判り易く身をクネらせた。


「何じゃア、あの小悪魔受けはァアアア!!!ベッドの中でも外でも男を誑かす小悪魔受けがキタァアアア!!!!!」
「ぁ、あああ〜、光王子親衛隊の柚子姫だよぉ、太陽君〜」
「はっ、柚子だかカボスだか知らないけど、俺より小さい癖に!怪我したくなけりゃとっとと王子様ン所に帰るこったな!」

チビにチビと言われ般若モードの太陽に、声もなく唖然とする桜、声もなく萌悶える俊が判る。
流石我が好敵手、と無表情な神威が考えたか否かは判らないが、歩み寄ってきた小柄な少年は悠然と髪を掻き上げ、何故だか赤く染まった頬を撫でた。

「初めまして、天皇猊下?…君のお陰で本当に良い迷惑被ってるよ」
「はっ、初めまして、遠野俊15歳ですっ!柚子姫様はオタクでも大丈夫でしょうかっ!」
「俊、ナンパしないの。あの人、ああ見えて三年抱きたいランキング二位なんだから」
「ふぇ?あんなに可愛いのに二位?」

オタクが首を傾げたが、太陽は冷めた笑みを滲ませ、

「ふ。一位は叶二葉だからー」
「イヤァアアアっ、流石です二葉先生っ!ハァハァハァハァハァハァ、あんなに攻めチックなのに抱きたいランキングまで総舐めですかァアアア!!!」
「抱かれたいランキング一位は光王子、神帝陛下は殿堂入りしてるからランキングに載らないんだよー」

危機感がまるでない太陽と俊を余所に、ボーッとしている神威が数人に囲まれたらしい。
桜が慌ててそれを阻害しようとしたが、ぽてっと弾かれて尻餅だ。左席で最も弱いのは、やはり桜餅こと安部河桜に決定した。


「悪いけど、天皇猊下?君にはご退場願えるかな。本当はその地味不細工な面、ぐちゃぐちゃにしてやりたいんだけどね」
「あにょ、カイちゃんを返して下さい」
「黙ってとっとと居なくなれっつってんだよ!…お前の所為で閣下から殴られたんだぞっ、僕が!この僕が!」

血を吐く様な叫びに、微かに肩を揺らす神威を捕らえていた生徒達が不気味そうな表情を滲ませる。
動きを止めた俊が小さく息を吐き、ボリボリ頭を掻いた。

「柚子姫先輩が誰にぱちんされたか知りませんが、カイちゃんは僕の旦那様なので、誘拐されたら助けなきゃいけないんです。身代金は必ずお支払いしますからリボ払いで、」
「三年Sクラス、宮原雄次郎」

神威の揶揄めいた台詞に全ての人間が息を呑み、俊が首を傾げる。

「ゆーじろー?」
「お前っ、何で僕の名前を…!」
「ジーザス、…意味が判るか、宮原雄次郎?」

怪訝げに首を傾げた柚子姫に、桜と太陽に忍び寄っていた生徒が素早く二人の腹を殴った。

「「っ!」」

声もなく倒れる二人を眼鏡に映した俊の毛が逆立ち、その二人を荷物の様に抱え上げる生徒達は、睨み付けてくる黒縁眼鏡に気付いていない。


「クラスメートの顔も忘れたか…?」

静寂を呼び寄せる囁きが落ちる。

「何、」
「ノアに逆らえば如何な艱難辛苦に陥るか、…そなたの愛しいベルハーツは教えなかった様だな」

神威に背を向け太陽と桜を担ぐ生徒らに、ゆらり、ゆらり、近付いていく俊へその囁きは届いていない。
20人以上の人間に囲まれ、その中央で背を向け合う二人の皇帝に誰が適うのだろうか。



「…弱い生き物だなァ、タイヨーの言う通りどいつもこいつも。…何で、勝てもしない癖に刃向かうんだィ、お前らは…」

何の力もない平凡な太陽と桜に手を出した事を、彼らは生涯悔いるのだろうか。
光の中で闇色の皇帝を前に、


「ま、さか…」
「ならば今一度、気高き公爵殿下に申し伝えねばなるまいな」
「ぐっ!」
「がはっ」

左席会長以外ならば手を出しても許される、などと甘い考えに目が眩んだ己を悔いるのだろうか、彼らは。
今更気づいた絶望的な状況に神へ救いを求めた所で、帝王院と言う狭い世界に君臨する『神』など一人しか居ないのだ。


「ペットの躾は主の責務だろう…?」

黄金よりも美しい輝きを放つプラチナムーンの雫に酷似した白銀の髪、ハニーゴールドムーンを閉じ込めた様な双眸。
世界最高の生きる宝石を前に、



闇と月は白日に溶け合う。
まるで定められた必然の様に。



「弱い生き物共が」
「脆弱な人間よ、」
「この俺ではなく二人に手を出した事を、終生悔いるが良かろう」
「今の私が統率符を持たぬ一般人である事を、救いに思うが良かろう」

二人の皇帝はただただ、彼らにとって絶望に満ちた近い未来を呼び寄せるのだ。



たった一言、





「「跪け、─────下等生物が。」」


その絶対なる囁きだけで。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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