帝王院高等学校

漆章-朽ち果てた楽園の回帰録-

後悔も疑問もご飯と一緒に流し込めェイ!

目を覚ますな、と。強い覚悟を込めた声がする。
お休み良い夢を、と。優しい声がする。それは無慈悲と呼べるほどの。



どうやら自分は全てから嫌われているらしい。
そう眠れ眠れと言われたら、起きたくなるのが人の業だ。



「己を、軽んじる真似はよせ」

そうか。
そうだった。
魔術師の魔法を捻じ曲げたのは、この人だった。



幸せを願ってくれているのだろう?
そう言ったじゃないか。けれどその口で、今度は違う事を諭そうとするのか。




「…幸せであれと願ったのは嘘ではない」






嘘吐き。
嘘吐き。
嘘吐き。
俺の約束を返せ。俺の計画を返せ。俺のものだ。俺の幸せは、俺が決める。







「長き漆黒の果て、待ち侘びし新月の朝を抱くまで眠るがイイ」











羨望か、と聞かれれば違うと言える。
愛情か、と聞かれれば違うと言える。
ならば何だ、と聞かれれば答に窮するしかない。


夢見るように、お伽話の様に。
倫理に従い生きる者が言う。それこそ愛だと。
ありふれた人生を不変的なものと信じる人は言う。愛を大切にしろと。



孤独な過去を持つ者として。神として。
いつからか人は、羨望と哀れみの目で見る様になった。


彼は暖かく寂しく、愛を注ぐ事に飢えていた。
そして私は依存と言う言葉そのものに、飢えていた。
だから己に忠実で都合の良い想像を膨らませ、人と人が織り成す感情、それ即ち恋愛をしたためた物語。
型に填めた、それを。

幸せになれよなれよと、似合いだ羨ましいと、他人事だから語り合えたのだ。



空想の世界を幕引きまでただの一度として振り返らず進むキャスト達。
同情か、と聞けば違うと言うのだろうか彼らは。
嘲笑か、と聞けば違うと言うのだろうか彼らは。



幾重にも積み重ねてきた出会いの中で記憶にも残らない他人、男とは違い柔らかな体と強かな心を持つ彼女らが、愛に近い感情で見ていたのには私を気付いていた。恐らく一般的な人生の中で幾つもの愛を知っていた者として、惜しみなくそれを与えようとしていたのではないだろうか。確かに私は、飽きる経験が増えるごとに依存への執着心で飢えていた。
彼女らならば、無心に惜しみなく満たしてくれようとするだろう。望むものを与えてくれるだろう。愛してくれるだろう。




そして、いつか絶望する。
私が愛を与え返さない事に。私の網膜に映っていないのだと言う事に。私の鼓膜がそれを雑音と認識している事に、否応なく気づくだろう。










自己満足か、と。何故聞かない。

























「気分が悪いのか?」

日本の夏に然程思い出はない。
物心ついてからは闇の中、時折人目を盗んで見る景色は塔の中。そう、内側だけだ。

「顔が赤いな」
「…」
「これを飲んで」

筒の蓋を取った男はそれを差し出し口元に当てて、少しずつ流し込んでくる。今になればそれは生温かったかも知れない。その時は酷く冷たく感じたものだ。

「綺麗な髪だ。きらきら、金色に輝いてる」
「…何が珍しい」
「何?そうだな、全部かな。瞳も宝石みたい」
「世迷いごとを」

獣の様な生き物だった。
図々しくも肩に置かれていた手にすぐには気付かぬ程に、自然な仕草で。



遠くから子供の呼ぶ声がする。
男は立ち上がり、見下しているというよりは覗き込む様に身を屈め、その自棄に印象的な双眸へ笑みを滲ませた。



「今週はずっと晴れる。ひなたぼっこするなら水筒を持っておいで」

















幸せになれよと皆は言う。その言葉自体が理不尽だと気付かない。
大抵が各々の勝手な理想を押し付けようとする。



嫌悪か、と聞かれれば恐らくその通りで。
憎悪か、と聞かれれば誰に、と聞き返すだろう。






常識に?
愛に?
人に?








自分自身に?


























愚かな事をした。
そう、自嘲を込めて吐き出した吐息は姿なきまま宙へ消える。

「…何が、したい」

自分は何がしたい。
いや、何もしたくはないのだ。即ち何も彼もが本心から、どうでも良くなっている。

「俺自身が判らん事を誰に問えば理解出来る」

あんな事を言うつもりはなかった。
偉大なる父、例え血が繋がっていようがいまいが、彼の子でありたいといつか強く、縋る様に願っていた事がある筈だ。何度繰り返し生産性のない妄想に嘆いた。彼の子に生まれていればと。あの時自分が子供でなかったならと。


何度、
何度、
激情に駆られ自己嫌悪に苛まれ、神を殺し己もこの世から消えれば喜んでくれるのではないか、などと。考えていた過去を忘れたわけでは、ないと言うのに。



走り書きの様にしたためていく自己満足の産物は、たった数日でいつの間にか自分が如何につまらない人間であるかを再認識させる、自己嫌悪の吹き溜まりとなっている。懺悔の様に読み直しては虚しさが広がるばかり、これではもう自棄と言われても否定は出来ない。



「…真なる神に問えば願いは叶うのか」

赤い。
月のない夜でもはっきりと存在感を示す蠍座の塔。校舎に比べれば随分小さく細いそれを彼方に見つめ、意味もなく足を向けた。あそこへは徒歩でしか向かえない。あそこには正体不明の悪魔の子を孫と呼ぶ老婦人と、息子を失い夫すら傍を離れた孤独な夫人が、『貴方に似ているでしょう?ルーク』と微笑んだ、艷やかな毛並みの10才になる白猫だけ。

「道を示せ、姿無き月よ」

幾らか煌びやかに飾り立てられた道を歩きながら、祭に沸き立つ人々の光景を脳裏に描いた。
学部の数だけ存在する多種多様な年中行事に、他校の生徒が交じっただけ。ただそれだけで例年以上に盛り上がっている様にすら思えるのは、これが本来新入生を。そして、他に例のない高等部外部入学生を歓迎するものだからだろうか。
それとも私利私欲の産物である自分が、そう思い込んでいるだけなのか。





「………静かだな」

今ではもう、微かな音さえ余すところなく拾っていた己の鼓膜を煩わしく思う事もない。何が聞こえようと何とも思わないのだから、もう、聞く必要などないだろう。そう思えば最早、この世に煩わしいものなどただの一つも、存在していなかった事を知った。何一つ欠けてはならない。あまねく全てが世界であり、須く尊いものであり、どれ一つも例外なく世界の全てに意味などなかったのだ。





意識して耳を澄ませば、祖母の声が聞こえてきた。何処か楽しげだ。




「あの人が言った通りだったわ。私の息子にはね、男の子が居たの」
「へぇ、じゃあもう会ったりした?」
「いいえ、まだよ」

声はもう一つ。
2階まではその上の階より広く作られている為に、スコーピオの2階には広いテラスがある。1階から階段を昇った先、エントランスを抜けなければならない。下からではヴァルゴ庭園から山まで続いていく林の枝葉に遮られ、上から漏れる光が微かに望めるだけ。
聞いた覚えのある声だ。彼はいつから彼女と雑談に花を咲かせる様になったのだろう。存外、知らない事は多い。この世界には。

「夜分に失礼。ご機嫌如何でしょう、お祖母様」

躊躇いなく煉瓦を駆け上がり、すぐに届いた欄干を掴んで跳ね上がった。案の定、驚愕に目を見開いた人間は三人。
想像するのは容易だったが、やはりそうか。

「ル、ルーク、貴方は何て所からやってくるんですか!まぁまぁ、折角の綺麗な御髪が乱れていますよ!」
「一年Aクラス高野健吾、並びに同クラス藤倉裕也。お若い友人が居られたとは、存じ上げなかった」

声もなく痙き攣っている健吾の隣、不機嫌を僅かに瞳へたゆたわせた男の反応もやはり驚きだった様だ。慣れた手つきで車椅子を運び中へ入っていく夫人の背を横目に、我関せず空いていた椅子へ腰掛ける。

「成程、ネルヴァの姿はないらしい。そなたらの予想通りか」
「何か足んねーんじゃね?仮面とか仮面とか仮面とか。オメーのニックネームは会長が苗字から取ったんじゃなかったっけ、庶務さんよ(´Д`)」
「俺は何一つ隠してなどいない。勘違いしたのは向こうだ」
「…んで、判ってて逆手に取ってりゃ言う事ないっしょマジェスティ」
「随分機嫌が悪いな。俺が夜食を妨げた所為か」

短い沈黙をおいて、ガサガサとビニール袋を漁った男の手からパックを渡された。どうやらこの時間に夜店を開いている商売上手が居るらしい。高い学費に加え専門的な道具を必要とする専門学科、少々の小遣い稼ぎは余程悪質ではない限り見逃すのが自治会の暗黙の了解だ。

「本当は会長にあげるつもりだったんだけど、冷めてっし美味くないからお宅にやんよマジェスティ」

ギラギラと真っ直ぐ睨んでくる男、その隣に開き直ったのか覚悟していたのか、通常運転でへらへら頭を掻く男。

「我が猫らは随分カイザーに感化されたらしい」
「んー?何の事っスかねぇ(´・ω・)」
「ノーサが予想したが通り、そなたらは私へあれの行方を報告しなかった」

どちらも決して従順ではない。
キィキィ、車椅子が軋む音と共に戻ってくる祖母の声へ振り返り、タオルを運んでくる人の元へ歩み寄るべく立ち上がる。



「手の内を読まれていたのはどちらと思う、セントラル」


目の前の人間ですら何も答えようとしないのだから、やはり神になど問うだけ無駄だ。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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