帝王院高等学校

漆章-朽ち果てた楽園の回帰録-

魔女・魔女・魔女で美のサバト!

「えー…居ないのかしら」

ピンポーン、ピンポーン。
軽快なチャイムが聞こえてくるが、何度ドアベルを鳴らしても扉が開く事はなかった。
部屋のネームプレートを何度も確かめているが、安部河桜と言う可愛らしい名前の隣に、山田太陽と言う、名前だけはまぁまぁ男前ではないのかと親馬鹿を発揮したくなる我が子が記されている。

「ったく、何やってんのよあの子は…」

仕方ないと踵を返した瞬間、ずきりと太股が痛んだ。正に自業自得、自分で傷つけたそれを誰の所為に出来る訳もなく、よろよろと廊下の壁に張り付きながらエレベーターホールへ向かっていると、丁度目の前のドアが開いた。

「お帰り下さい!何度頼まれましても、お受けする事は出来ませんっ」
「おいおい、お前それでも俺の親衛隊なの?抱いてやるっつってんべ?良いじゃねぇか、少しくらい」
「お断りします!」
「ああ、嫉いてんのな?俺がアキのもんになったら困るから、」
「違います!僕はもう、閣下の親衛隊からは抜けました!」

ぎゃんぎゃん、ドアから飛び出してきた少年が部屋の中へ怒鳴り散らしている。ぬぅ、っと飛び出してきた男らしい手が部屋の縁に掛かり、ゆっくりと、整ってはいるがにやけている顔の男が出てくるのを見た。

「うっわ、リアルホモだわ」

本当に存在したんだ、などと呟いてから、痴話喧嘩していた二人の視線を浴びた人は口を押さえる。
余計なお世話だったとは思うが、この至近距離で見せつけられた身としては、壁伝いにしか歩けない今現在、回避方法はなかったと言い訳させて貰いたい。

「あー、…悪かったわね?私の事は気にしないでいいから、続きをどーぞ。あ、でも喧嘩は部屋の中でやんなさい。人の迷惑になるから」

固まっている二人の間をよろよろと通り抜けながら、ブルンブルンと胸の大荷物をも抱えつつ、ウィッチ山田は必死でエレベーターを目指した。
それはもう、幾らこの御時世とは言え、リアルな同性同士の痴話喧嘩を見せつけられた身としては、一刻も早く立ち去りたい。



…まさかうちの子に限って、ないわよね?

青冷めそうな顔を引き締めつつ、魔女の頭の中は恐ろしい想像で一杯だった。差別する訳ではないが、母親として、大事に育ててきた息子が嫁に行くのも男の嫁を貰うのも、余り想像したくない。

「考えるのは、よそう…。夕陽はともかく、太陽に女装なんかないわ、ナイナイ」
「や、アキならそれなりに可愛くなると思いますよ?」

ぴたり。
後ろから追い掛けてきた声は、振り返らなくても派手少年だと判る。たった今さっき声を聞いたばかりだ。

「…何?私に何か用なの、アンタ」
「失礼。マダムがあんまり、俺の恋人に似てたので追い掛けました」
「マダムぅ?」

舐めてんのか糞餓鬼、痙き攣る唇を何とか笑みの形に整え、壁から離れた平凡主婦は豊かなバストの下で腕を組む。

「坊や、随分派手な身形ね、アンタ。頭悪そう」
「うおっ、どぎつい。こう見えて二学年のトップ3に必ず入ってるんスけど、俺」
「でしょうね。この寮は進学科の生徒が生活してるんだもの」
「あ、判ってて言ってたんスか?はは」
「…それで?阿呆っぽく髪染めて、たった今ろくでもない醜態晒しておいて、誰が誰の恋人だって言ってんの?」

真っ直ぐ、目は決して反らさない。
昔からこれだけは譲った事がないのだ。どんなにブスだ母親が居ない子だと馬鹿にされてきても、一度として、売られた喧嘩から目を背けた事はない。


「あんまり、大人を馬鹿にするんじゃないわ」

一瞬、目を見開いた長身が、所在なげに頭を掻いた。うろうろと視線を彷徨わせ、がばりと、大きく頭を下げる。

「すいません!」
「っ、は?」
「やー、綺麗なお姉さんが居たからつい、声掛けたくなって…」

ちらりと、あざとく目を上げた息子と同世代が口にした台詞はまるで説得力がなかったが、まぁ、悪い気はしない。素直に謝れる性格だと言うのも、見た目にはそぐわなかったからか、好感触だ。

「判ってくれたら良いんだわ。こっちこそ悪かったわね、色々あってちょっとめげてたから、半分八つ当たりだったかも」
「どっか怪我してんですか?歩くの辛そうですけど」
「足をちょっと…」
「肩貸すんで、寄っ掛かって下さい。医務室案内しますよ」
「あら、良いの?気を遣わせて悪いわね。でも、こんな時こそ伊達男なら抱っこしてくれるもんなんじゃない?」

揶揄い混じりに宣えば、年相応の笑みを浮かべた男前が肩を竦める。

「やっスよ。大体、俺が好きになる人には絶対ろくでもないバックが付いてるんですから」
「ふふっ、何それ」
「お姉さんみたいな美人には、怖い彼氏が居るでしょ?つーか居ない方が可笑しい」
「嫌な子、お世辞が過ぎると怒りを通り越して快感だわ。なーに、今気になってる子にはそんなに怖い彼氏が付いてんの?」
「ああ、とんでもないのが引っ付いてますよ。悪霊通り越して、言わば魔王ですわ」

ひょろそうに見えたがやはり男、最近の高校生は大人びているなと肩を借りながら少しばかりときめきつつ、過ぎた昔を思い出した。

「魔王ねー…」

あの頃の旦那と言えば、ルーズに伸ばした髪型だったが、何処ぞの貴公子にしか見えなかったものだ。身長こそそう高い方ではないが、足も長く頭が小さいので、見映えが良い。
結婚して子供が生まれて暫くは、夢の中に居るのではないかと思うくらい、幸せだった覚えが少しだけ、ほんの小匙1000分の1程度残っていない事もないような。

「本当の魔王ってのは、あっちこっちで浮気し放題、良いパパ気取って外では何やってるか判んない奴の事だわさ」
「へぇ、…実感込もってるね?」
「勘繰ってんじゃない。それより、迷惑掛けるついでに、生徒の呼び出ししてくれる所あったら連れて行ってくれない?何なら、西園寺の生徒会役員が集まってそうな所でも良いの」

現金なもので、普段誰に頼らず暮らしているからか、エントランスまで付き添って貰う内に痛みが和らいできた。
若い男前相手によもやアドレナリンでも出たのだろうかと咳払い一つ、

「お礼は弾むわよ、お坊っちゃん」
「ふは。じゃ、その坊っちゃんての、まずやめて下さいよ。凄ぇ馬鹿にされてる気がするんで」

確かに、学生時代は決して誉められた成績ではなかった過去を振り返り、この学園に通えると言うだけで殆どの生徒が自分よりは賢いかと頷いた魔女は、それと同時にバイン!と頷いた二つの爆弾に、笑みを凍らせた金髪が釘付けになっている事には気付かなかった。

「私、昔から学歴と顔面偏差値コンプレックスが半端ないんだわ。特に私を美人だの言う男は確実に体狙いだと思ってんの。悪かったわ」

どうも変な角度に捻くれてはいるが、根は素直らしい魔女がガバッと頭を下げると、爆弾が再び派手に揺れ、通り掛かった全ての人間の視線を釘付けにする。

そして、恥ずかしげに唇を尖らせた魔女が「今更だけど」と呟いて、


「私の事は陽子さんで良いけど、アンタも男なら先に名乗りなさいよ。そりゃ、こんなおばさんだって、元は女の子なんだから」

ぷいっと顔を反らした直後には、顔を赤く染めた男らが、幾らか見られた。




















「やっぱ変だっ!」

しゅばっと拳を握った少年が叫んだ時、そこは長閑な煉瓦道のど真ん中だった。ちらほらと他人の視線を浴びつつそれに気づかない彼は、たんたんと片足でリズムを取りながら、難しい表情で腕を組む。

「変だ、俺が…俊兄ちゃん以外に俺が負けそうになるなんて、何かの間違いどぅアアアアア!!!!!」

叫んだ少年はグネグネと悶え、胸元に刺していた名札をもぎ取った。そのままそれをベシッとゴミ箱へ投げつけ、肩で息を継ぎながら、

「はァ、はァ、…おのれパツキン足長不良め、名前は知らんが顔は覚えたぞ…!俊兄ちゃんに敗北の4文字は似合わないだろ?!似合って堪るかァ!次こそはボコボコのメッタメタの八つ裂きにしてくれるァアアアアア!!!!!」
「…何を八つ裂きにするんだ」
「だからっ!あのパツキン足長外人野郎をっ、」

呆れた様な聞き覚えがあり過ぎる声にしゅばっと振り返り、噛みつかんばかりの勢いで怒鳴り散らかそうとした遠野一族最強の阿呆は、網膜に映った顔を認識するなりビタッと動きを止める。
お洒落なカフェを背景に、頭一つ高い位置から恐ろしい目で見つめてくる人物に、何故だろう、とても見覚えがあるのだ。

「…親父ィ?!あ、そっくりさんか。俺もボーロクしたもんだぜ」
「耄碌だろ。良い、覚える必要はない、どうせ書けやしないだろうからな。で、お前は此処で何をしてるんだ」
「ひ…人違いです」
「そうだな、お兄ちゃんは母さんに似たがお前は残念ながら俺の子供の頃にそっくりだったな。頭の出来以外は」
「ま、まァね。てへへ。任せとけって、ブラックジャック全巻読み込んだ俺がうちの病院を日本一にしてやるょ」
「お前に患者を任せるくらいなら父さんは自分を改造人間にするわ!」

固めた拳で殴り付けてくる父親からサササっと避けた息子は勝ち誇った表情で「見切った!」とほざき、笑顔の父親のこめかみにビキッと、筋が立つ。

「よーし、出来の良いお兄ちゃんに電話し、」
「やーめーてぇえええええ!親父ィ!俺はただちょっと俊兄ちゃんと同じ制服着て俊兄ちゃんをびっくりさせて俊兄ちゃん水入らずで語り合いたかっただけなんじゃア!!!」

どぱっと涙やら鼻水やらを吹き出した下の息子に「汚っ」と呟いて後退りながらも、益々頭が痛くなったらしい遠野院長は片手で額を押さえながら、息子の小さな頭を鷲掴む。

「まさかあの和歌がこんな馬鹿な真似をするなんて…何処で育て方を間違えたのか…」
「親父親父、俺を連れてきたの俊江姉ちゃんだよィ?」
「…ちょっと待て、父さんはちょっと目眩がするから、お前はとにかくそのブレザーを脱ぎなさい。頼むから余所様の学校にまで恥を塗るな」
「親父親父、実は俺、腹減っててさー」
「少し黙ろうか?」
「でも昼飯食べてないし、」
「黙るか、それとも来月から小遣い無しか」
「お口チャック」

マネキンの様に動かなくなった息子を、じっと見つめてくる皆から最も遠い席に座らせ、

「良いか、勝手に動くな。一歩でも動いたら…お前は来月から、母さんの自称薬膳料理で過ごす事になる」
「!」
「…小遣いは、大事だな?」

こくりと頷いた息子の背を叩き、ポカンとしているウェイターにオレンジジュースを注文した院長は、そのまま元の席へ戻り腰掛けると、何もなかったとばかりに冷めたコーヒー啜った。

「遠野院長、あちらは…?」
「はい?どうかしましたか、叶さん」
「息子さん、かな?」
「何か仰いましたか、叶さん」

突如叫び出した白ブレザーの少年を見るなり無言で立ち上がり素早く近付いた院長は、皆が目撃している。けれどこの時ばかりは、人の良い院長は決して折れなかった。頑なに他人の振りをしている。

マネキンじみた表情で座ったまま動かない子供を夫婦で凝視した高坂両名は、


「顔はともかく、雰囲気が俊江に似ている」

ぽつりと呟いた嵯峨崎方の席を弾かれた様に見やり、大きく頷いた。

「だろう、私もそう思ったんだ。クリスもそう思ったんだな」
「ええ、あれで他人だと言われても…遠野さんには申し訳ないが、説得力に欠けると思う」
「ちょっと、二人共アタシに判んない話しないでくれる?ガールズトークに混ざる権利はアタシにもあるわよーぅ」
「何処がガールだ、こっちが干上がるわニューカマーが。ちゃらちゃらしやがって、何だその気色悪い爪は!」
「あんですってぇ?!あんなお子様携帯でずっぽりハメられた餓鬼がナマ言ってんじゃないわよ!表に出ろ高坂ぁ!」
「上等だぁ!テメェはいっぺん鼻の骨を叩き折ってやろうと思ってた所だ!」
「よせ、レイ」
「おい、ひま」
「俺のお宝ベイビーちゃんがお前なんぞの遺伝子を引き継いだ愚息と付き合ってるだぁ?!巫山戯けた寝言ほざいてんじゃねぇ!テメェの屋敷にボーイング突っ込ませんぞコラァ!」
「…んだと?!うちの日向を愚息っつったか糞オカマ野郎!こっちこそテメェの気色悪いDNAから産まれた餓鬼に可愛い息子を寝取られて腸ぁ煮え繰り返ってんだ!」

ばちばちと、二人の親馬鹿の間に火花が散る。それぞれの嫁は顔を見合わせ、眼鏡を押し上げたオカマの秘書は「平和ですねぇ」と呟いた。他人事だ。

「はっ、圧倒的に佑壱のが可愛いね!目はくりっとして鼻は高い!何処に目ぇ付けてんだ糞餓鬼、肌身離さず持ち歩いてる七五三の写真見せてやらぁ!」
「抜かせ馬鹿野郎!うちの日向はなぁ、うちのひなちゃんはなぁ!産まれた瞬間から俺の天使なんだよ…!機種変しても移して保護して大切にしてきた臍の緒が繋がったまんまの写メ見せんぞゴルァ!」

滾ったオカマと組長が低レベルな諍いで立ち上がった瞬間、それぞれの嫁から同時に足を踏まれ悶え込む。

「ミセス高坂、大変恥ずかしい所をお見せ致しました。申し訳ありません、嵯峨崎社長はご覧の通り少々頭の方がアレでして…」
「いえ、こちらこそ子供じみた真似をして申し訳ない。クリス、気を害しただろう?」
「何の何の。男なんて者は死ぬまで子供のままと言うじゃないか。可愛いものだね」

ちゅるるる〜とクリームソーダを啜りながらその光景を見ていた男は瞬いて、煎茶を啜っている隣を見た。

「先輩、これ纏まる話も纏まらんいつもの流れやあらしません?」
「そう言うクレームは作者に言ってくんない?」
「あ、そら、えらいすんません。…作者やて?」
「って言うか、流石に僕もこの状況で何処から話を進めていけばいいのか判んないんだよねー。なーんか、あっちの二組、さっきまで空気重かったし」
「…高坂・嵯峨崎ペアでっか。何で揉めてんのかは大体判ってますけど…おーい、ゼロはん、こっち来てやー」

先程から手を組んだまま微動だにしなかった零人を東雲が呼びつければ、よろりと立ち上がった零人は素直にフラフラやって来る。

「何で落ち込んでんのん?元気出しぃや」
「…今の俺に優しい言葉を掛けんな。諸々拗れてアンタの首絞める瀬戸際を、俺は耐えてる」
「はい?ほんま何があったん」
「聞くな…」
「お前ンとこの弟のアレは、アレやろ?下らん噂やって笑い飛ばしとったやんか。アゲてこ?な?このカオスな状況で、お前だけが頼りなんやで?」

げっそり窶れた嵯峨崎零人のその後ろ、背後霊の様に佇む人影は目深に被ったキャップの縁を指で微かに押し上げ、


(おっと?これやっぱ俺が睨まれてるなー)

睨まれる事には慣れているドSを無言で凝視したまま、やめようとしない。

「むっちゃん、何か連絡入った?」
「や、何も。相変わらず、神出鬼没なマジェスティは見つかってへんです。学生時代から何も変わってません」
「…困ったねー、大好きな奥さんの前じゃてんで子供なんだから、あんにゃろ」
「やっぱ理事長に直接会うか、いっその事、」
「ストップ。『捨てた長男』に今更、僕が何を言えるって?…成長してる姿が想像出来なくて、式典を見なかったヘタレだよ、僕は」

チクチク、チクチク。
不躾な視線はとりあえず放っておくかと煎茶を啜り、ふーっと息を吐いた男は並木道の向こうからやって来る爆弾を認め、ほぼ無意識で立ち上がった。

「陽子ちゃん!」
「は?」

ボイン、ボイン。
歩く度に揺れる胸、くるりと振り返った人は括れた腰に手を当てたまま無駄に大きなサングラスを外し、駆け寄ってくる男をまじまじと眺めるなり一言、

「どちら様?」
「やだなー、僕だよ僕!」
「さーて、私には『ボクさん』なんて知り合いは居りませんが」
「ちょ、何、本気で言ってるの?!はっ、まさか秀隆、陽子まで…?!思い出して陽子ちゃん、僕だよ僕、自分の夫を忘れたのかい?!」

がしっと妻の肩を掴んだドSは然し、バッチーン!と凄まじい音を発てたのが、自分の左頬である事に暫く気付かない。


「悪い冗談なんだわ。忘れたも何も、うちの主人は先日亡くなりましたの」

がたりと立ち上がった金糸の美女に気付いて片手を上げながら、冷え冷えと凍り切った双眸で、頬を押さえ呆然としている男を見つめた魔女は唇に笑みを刻んだ。

「最後の別れもなく急に、遺書もなく急に、どうせ死ぬなら金目のもの全部私名義に替えてから死んでくれたら良かったのに…全く、使えない男だったんだわ」

うっわ、酷い。
睨み合っていたオカマと組長が一時休戦する程に、艶然と微笑む魔女はドス黒かった。いきやり叩かれて使えない男と罵られた張本人は未だ呆然と頬を押さえ、ぱちぱちと瞬くばかり。

「う、え?よ、陽子ちゃん、俺、」
「ふぅ。それにしても困ったもんだわ、育ち盛りの息子が二人も居るって言うのに、築十年そこそこの家は役立たずと一緒に燃えちゃうし、溜め込んでた床下の貯金箱を取りに行こうにも警戒線張られてて入れてくれないし」
「マ…ママ…?お金の事は小林専務に言ってくれたら…」
「それで、こっちが新しいダーリン候補。ダーリン、アンタの名前…キリンだっけ?サッポロだっけ?」
「アサヒですってば、陽子姐さん。アキそっくりな顔で女王様気質なんて、マジ最強っス。パネェっス」
「ああ、そうだった。こちら西指宿麻飛君、私この子と再婚する予定なの。コブ付きの女がしぶとく生きていくには若い金持ってるツバメを見つけるしかないんだわ。ね、ダーリン」
「いやー、腕に凄い質量が当たってんスけど、良いんスか?」
「あらやだ、当ててんのよ。坊やは素直に喜んでなさい」

瞬きを止めたドSが、若い男前と腕を組む妻を呆然と眺めて、ぼろり。大粒の涙を迸らせた。

「よ、陽子ちゃ〜ん、り、離婚はしないって、う、約束したじゃんかー。騙したんだねー?ほんとはやっぱり俺に飽きてたんだねー?ぐすっ、うっうっ、俺は離婚なんかしてやんないかんなー!再婚なんかさせてやんないかんなー!」
「は?アンタ泣いてんの?気持ち悪っ」
「あーん、やだやだー!離婚しないって言ってぇ!パパが全部悪かったよー、謝るからー、髪も剃るからー、うっうっ、離婚はやだ、やだやだやだ嫌だい!」
「え、ちょっと近寄らないで欲しいんだわ、本気で気持ち悪い」
「陽子ぉおおおおお!!!!!」
「気安く呼ぶんじゃないっ、恥ずかしいんだわ!」

バッチーン。
息子の太陽とは違い、一切手加減をしない魔女の平手打ちがもう一度旦那の頬を打ち、二度も叩かれた男はとうとう、その場に座り込む。

「ふー。馬鹿息子に苛立ってた分もひっぱたいて、幾らか辛酸が下りたわ。スーパードライ、お疲れ」
「未成年をビールの銘柄で呼ぶのはどうなんスか、陽子姐さん」
「何カマトト振ってのよ」

また人が増えた、と心の中で呟いた院長の隣、奇妙な顔をしている腹黒の前までつかつかとやってきた魔女は、余っていた椅子の背凭れを掴み、どすんと腰を下ろす。

「ハイ、美魔女A。さっき振りね」
「画面で見るよりずっと美人だな、美魔女Y」
「そっちも帝王院に通ってるなら何で教えてくれなかったのよ、吃驚したんだわ」
「私も、君に会えるとは思ってなかったんだ」

ちらりと、顔見知りの魔女仲間の隣の男前を盗み見た平凡魔女は首を傾げた。何処か危ない匂いがする渋めの男前は、何処かで見た覚えがあるのだ。
然し、思い出しながらカフェのメニューを掴んだ拍子に相席相手と目が合い、まずは愛想笑いを張り付けた。

「割り込んでごめんなさい、相席させて貰っても良いかしら?」
「ど、どうぞ…私達はもう出ますので…」
「あら、それじゃ私が追い払ったみたいなんだわ。隣のテーブルに知り合いが居るもんで、ご迷惑だったら退きますから」
「それならお気遣いなく。テラスに居る皆、知り合いみたいなもんですよ」

女慣れしていないのか口数が少ない腹黒の隣、二杯目のコーヒーを飲み終えた院長が職業柄の笑顔を浮かべれば、ぷるんと胸を震わせた魔女はほんのり頬を染めた。

「ご挨拶が遅れちゃって、お恥ずかしいわ。私、一年Sクラス山田太陽の母でございます」
「ご丁寧にどうも、同じく一年生の遠野俊の叔父で遠野直江と申します」
「ああ、やっぱりそうなんだわ!先日はお世話になりまして、その、俊江先生に麻酔なしで即興縫合された山田です。その節は有難うございました…死ぬかも知れないと思ったものの、治療費があんまり安くて助かりましたわ」
「姉に?…あ、ああ!あの時の、山田陽子さん!酷い怪我でしたね、経過はどうですか?」
「あらやだ、男前な院長先生に覚えてて貰えるなんて光栄だわ。お陰様でお薬も効いてますー」
「それは良かった」

朗らかな魔女と院長に腹黒は黙り込んだまま、燃え尽きた様に座り込んでいるドSはダサジャージに引っ張られ、ずりずりとやってくる。

「こんにちは山田君のお母さん、担任の東雲です」
「関西の方?」
「京都の大学に行っただけで生まれも育ちも東京です」
「そ、そうなの」
「息子さんには会えました?ついでに、さっきのエスコート役は高等部自治会のアレでも会長なんですわ」
「え、あの西指宿君が?生徒会長だったなんて…ただのチャラ男じゃなかったのね、悪い事しちゃったわ」

いつの間に姿を消したのか、金髪に派手な紫のメッシュを何本も入れていた生徒の姿はなく、魔女は足元に縋り付いてきた旦那を一瞥する事なく、メニューを眺める。

「私、冷たいカフェラテにしよ。先生も良ければ、何か召し上がります?この汚い旦那の奢りなんで、遠慮なく」
「あー、その汚い旦那さんの後輩でもあるんですわ、自分」
「あれま、じゃあ先生も帝王院卒なの?顔も良くて頭も良いのねぇ、人生楽しいでしょ?」
「いやー、まぁ、それなりに」
「ん?…京都の大学って、まさか…んん?それより先生のお名前、東雲さんでしたっけ?」
「これから三年間担任が決まっている、東雲村崎です」
「東雲財閥と…何か繋がりがあったりする?ほら、最近良く見掛ける俳優の東雲恭とか」
「あ、それ弟ですわ」

ガタ!ガタ!
金髪美女二人が同時に立ち上がり、平凡魔女はぶるぶると胸を震わせた。

「東雲恭!BSで話題沸騰中のドラマ、メトロノームの主役のか?!」
「彼はハリウッドも目を付けている、天才俳優だよアリー。まさか、こんな所でその兄と出会えるとは…」
「はー、帝王院って凄いわねー、有名人ばっかじゃないの。さっきの西指宿君はお父さんが政治家だって言うし、とんでもないわ。東雲先生、弟さんのサインとか貰えません?」

ミーハー魔女三人に囲まれたダサジャージは二杯目のクリームソーダを注文し、一言も喋らない腹黒を横目に、足元で睨んでくる大人げない先輩に席を譲る。

「とりあえず、ここらでもっぺん自己紹介から始めましょか。サインはまぁ、その後で」

何故こう、魔女が揃うと腹黒男の影が薄くなるのか。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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