帝王院高等学校

参章-脆弱な夜想曲-

マフィアが怖くて萌は語れないにょ!

「何と言うか、…自由な人達だよなー、カルマって」
「そぅだねぇ」

手抜き上等な村崎が欠伸を発てながら出ていき、中身のないHRは解散になった。


「神崎のコトだから、またサボりか仕事に決まってるだろーに…」
「昔から授業受けなかったもんねぇ、星河の君って。でも、テストは出席するんだよねぇ」
「中等部の始めの頃はテストもサボってた様な覚えがあるけど。ま、イチ先輩を含め帝君なんてそんなもんだから、羨ましい限り」

質問攻めに遭っている零人を横目に、外部生へ近付きたくても近付けないクラスメート達へ息を吐く。

「カイ庶務、っつーか、灰皇院だっけ?あからさまにクラスメートを威嚇しない」
「何の話だ」

俊を背後から抱き締めながら、俊に近付く生徒を逐一睨んでいる様に思える無表情な美形に肩を落とした。
桜がふわりとお母さんの様な笑みを浮かべ、『仲良しさん』と呟いているが、仲良しにも限度はあるだろう。

「俊、此処で俺達も一回解散しよっかー」
「ふぇ?」
「夕飯までまだ時間あるし、帝君の俊とか10番以内の奴は一人部屋だけど、俺らは基本的に二人部屋なんだ。同室の奴に挨拶しなきゃなんないし、」
「僕も行きます!」

二人部屋、に眼鏡を輝かせたオタクが太陽へ張り付き、神威の無表情な視線は太陽が独り占めだ。

「タイヨーは僕と一緒に居なきゃ、めー。タイヨーは僕とイチャイチャしなきゃ、おみくじで中吉が出るなり!」
「中途半端なおみくじだなー…、カイ庶務、口パクで大凶言うのやめてー」

少し前までなら裸足で逃げ出しただろうが、慣れてきた自分に再び溜息を零した時、桜がふっくらした手を叩いた。

「太陽君の部屋は、僕と同じお部屋だよぅ」
「はい?」
「さっきお菓子取りに行ったら、ルームプレートに太陽君のお名前が填まっててぇ、言おう言おう思ってたんだけどぉ」

直後、俊の部屋へ戻る事が出来ない状況に陥った桜を思い浮かべ、成程と頷く。
俊の部屋へプレステを持ち込む為に部屋へ行った時、荷物の片付けはともかくルームプレートに名札だけ差し込んでいたのだ。

「何だ、桜なら楽しいじゃん。これから宜しくなー」
「こちらこそ〜」

ほのぼのと挨拶を交わす二人を眺めていた俊が肩を落とし、物言いたげな表情で指を弄ぶ。背後に忍び寄った神威から抱き締められ、ぽつりと一言、


「僕だけ一人暮らしにょ。もし地震が起きたら独りぼっちでタンスの下敷きになって、もし火事が起きたら独りぼっちで押し入れの中で丸焦げにょ…」
「耐震構造上世界最高峰を誇るリブラ、並びにティアーズキャノンにはスプリンクラーが完備されてある。だが然し、それら全て万能ではない事は確かだ」
「桜餅とタイヨーが二人でお風呂に入ってる時、僕は独りぼっちで丸焦げシャワー…!
 ぐすっ、僕なんて所詮ひよこちゃんとお話しながらシャンプーして、ぶっちゃけ独り言だなんて現実から目を逸らしながら生きていけばイイにょ!」

自虐的な叫びを放つ俊に太陽と桜が同時に飛び上がり、無表情で聞いていた神威が腕を組んだ。俊を抱いたまま。


「ならば大浴場を利用するが良かろう。スパを兼ね備えた室内露天風呂は、進学科生徒へ与えられた報奨だ」
「ふむふむ、Sクラス貸し切りですか…。つまり中央委員会もご愛用のお風呂っ!もしかしたら二葉先生に会うかも!」
「ブッ!」

クネった俊の言葉で吹き出した太陽が真っ赤な顔で後退り、背後の机で腰を打ったらしい。


「ふぇ?タイヨー、大丈夫にょ?」
「ゴホッ、ゲホッ」

無言で尻を押さえ悶絶する太陽に俊が頬を染め、抜かりなくデジカメを光らせた。

「太陽君、大丈夫〜?」
「あ、ああ、うん、平気」
「ハァハァ、二葉先生にそんな過剰反応するなんて…ハァハァ、タイヨー、それはもしかしなくても…っ、」
「何を言うつもりかな、俊」
「何でもありません」

オタク発言を笑顔で黙らせた太陽は、恐怖で硬直する俊に構わず鞄を小脇に挟んだ。

「じゃあさ、部室案内しよっか?入部希望は俊と桜で良かったっけ」
「カイちゃんも入りたいって!」
「コイツの何処が庶民だい」

廊下に出る太陽を追い掛け、抱き締めようと伸びてくる神威の手をぱちんと叩き落としたオタクが桜の腕を奪う。きょとんと目を丸めた桜と無理矢理腕を組み、もう片手で太陽の腕を掴んだ。

「カイちゃんは見た目騙しにょ!中身は地味だったりして!」
「あはは、俊さりげなく暴言ー」
「でもぅ、カイさんは光王子みたいなぁ、遊び人には見えないよねぇ」
「カイちゃんはきっと、健気受けの素質があるなりん」

平凡三匹が仲良く腕を組む後ろ姿を無表情で眺めている神威へ、くるりと振り向いた三人は同時に沈黙した。


「俺は俺様攻め候補だ」
「「「…」」」

捨てられた仔犬の幻覚を見た三人は、チワワのCMを思い出した様だ。
神帝のご利用は計画的に。


「仕方ないなー、ほら、カイ庶務も仲間に入れてあげるからさー」
「断る」
「お前さん、コラ」

神威へ手を伸ばした太陽は、悩む素振り無く拒絶した男に渇いた笑みを浮かべ、恐る恐る手を伸ばした桜も無言で首を振る神威にやや落ち込んだらしい。

「カイちゃん仲間外れ?」

きょとりと首を傾げたオタクは、両手に花ならぬ両手に平凡でご満悦、神威と腕を組む予定は今の所ない様だ。

「俊、俺を構え」
「気が向いたらねィ」
「ぅわぁ…」
「ドSな飼い主と甘えん坊なゴールデンレトリバーの幻覚が見えるなー…」
「躾は大切にょ」
「俊、俺は犬じゃない」

ぽつりと呟いた神威が心無ししょんぼりした風体で、


「他の男と仲睦まじい光景を見るのは、余りに芳しくない様だ」
「ふぇ?中に肉を詰めたピーマンは、香ばしくない?そんな事ないにょ、美味しいにょ!じゅるり」
「つまり俺達に嫉妬してんだねー、色男」
「ヤキモチなんてぇ、俊君はモテモテだねぇ」
「─────嫉妬、だと?」

揶揄う太陽と、微笑ましげな桜の台詞で軽く目を瞠った神威が僅かばかり沈黙する。

「まーね、灰皇院が俊にベタ惚れ気味なのは一目瞭然だからー、うちのクラスの奴らは、表立って灰皇院に迫ったりしないだろーね」
「って言うかぁ、あんまり綺麗なお顔過ぎて逆に近寄り難いのかもぅ…。星河の君くらいならぁ、怖くても近寄り難いまではいかないよねぇ」
「確かに。カイ庶務は、何て言うか、そう、生活感がない!人間離れしてる気がするんだよねー、何処となくさー」
「でもぅ、俊君にヤキモチ焼くなんてぇ、何だかカイさん可愛ぃ」

人間離れした、と言う言葉の直後に人間らしいと言われた男は片目だけ細めて、



「………私が、人間らしい、と」
「あ、エレベーターが出来てる!」

小さく呟いた神威を余所に、広いホールへ辿り着いた太陽が声を荒げた。

「春休み入る前までは、確かこの辺りには渡り廊下と階段しかなかった筈なんだけど…」
「ぅん、中等部は離宮にあるけどぉ、渡り廊下と繋がってるから、この辺りはちょくちょく来れるんだよねぇ…」

確かにホールの端に、窓の向こうに見える塔まで続く渡り廊下のゲートがある。
然し太陽の言う階段は見当たらず、腕を離してホールの中央に走った太陽が屈み込むのへ首を傾げた。


「タイヨー、床に座ったら汚いにょ」
「いや、此処ら辺に螺旋階段があった筈なんだよ!こんな、たった一ヶ月やそこらでリフォーム出来る筈が…」
「そぅ言えば、何か来た時から変だよねぇ…」

太陽の隣で腰を曲げた桜が、慌てふためく太陽とは真逆にふんわり首を傾げる。中々にマイペースだ。

「ふぇ?変と言えば、確かに最初会った時のホストパーポーのジャージは、大変変態チックだったなり…」

中々に失礼なオタクはこの際スルーしよう。

「始業式典の時まではあった正面玄関の中央ゲートがさっきはなかったしぃ、第一、僕達がSクラスフロアに辿り着いた途端、ゲートが消えちゃったんだよぅ」
「そう、そうだよ、絶対可笑しい。不自然過ぎる、中等部はこんな事なかったのに、」
「何を騒いでいる?」

静かに開いたエレベーターから、一人の男が降りてきた。



「…またお前か、桜」
「ぁ、セイちゃん…」

目が醒める様な碧い瞳を眇め、短い白髪を無造作にセットした北欧的な美形に桜が目に見えて狼狽する。

「何を騒いでいるんだ、お前は。幾つになっても落ち着かない様だな」
「…ご、ごめんなさぃ」
「すいませんでした、清廉の君。ちょっと気になった事があったんで…」
「生徒の見本たるべき特別進学クラスの生徒が、校内での下劣な態度は控えろ」
「肝に命じま、」
「あそこのイケメン誰かしら?!」

立ち上がった太陽が桜を庇う様に身を乗り出し軽く頭を下げたが、興奮気味のオタクに張り付かれて無様によろけた。中々に格好が付かない平凡だ。


「天の君、か?」
「初めましてっ、遠野俊15歳好きな攻めは俺様攻めですっ!先輩は何様攻めですか?!見た目マフィアにしか見えませんがっ」

やや吊り上がった鋭利な眼差しにすら萌を見出だしたらしいオタクが暴言万歳、怯む太陽や呆気に取られる桜を余所に騒ぎまくる。

「成程、これは失礼。ようこそ帝王院へ、天の君」

僅かばかり目を細めた男は、然し無愛想な表情とは裏腹に数度頷き、右手を差し出しながら微かに笑った。

「東條清志郎、二年だ。高等部自治会、図書視聴覚委員長を務めている」
「図書委員長?じゃ、桜餅と一緒にょ!桜餅を宜しくお願いします、トージョー先輩!」
「桜餅とは、…桜の事か?」
「僕のお友達ですっ!」
「そう、か。それはまた、難儀な」

短い握手をやめて、険悪な眼差しを桜へ注いだ男が嘲笑めいた呟きを零す。
眼鏡を押し上げた俊が桜を一瞥し、それまでの興奮を潜めた様だ。

「マフィア先輩は、桜餅のお友達ですか?」
「違うな。ただの他人だ」
「っ、セイちゃ、」

肩を震わせた桜に太陽が眉を寄せ、



「…ならば言葉遣いに気を付けろ、愚か者が」
「!」

東條が纏うブレザーの襟を掴んだ俊が、身長差に躊躇する事無く囁いた。


「ただの他人なら、…何をしても誰も困らないよなァ?」
「しゅ、俊君っ、やめて、セイちゃんに酷い事しないでぇ!」
「…だ、って。他人を庇う桜餅には、こんなマフィア相応しくないにょ」

目に見えて怯んだ男に眼鏡の下で嘲笑を滲ませ、然し双眸は冷え切ったまま手を離す。


「学校は楽しく通う所なり。楽しい新学期に少しくらいはしゃいだって、実の息子よりはしゃぎまくってお化粧する親よりマシにょ!」
「あー、俊が頑張って俺を庇ってくれてるのは判るけどー、他にもっとまともな喩えはなかったのかなー…」

嬉しいが残念げな太陽にオタクは首を傾げ、朝家を出る間際に見た母親のはしゃぎっぷりを思い出したらしい。

「息子ながら、お恥ずかしいにょ…」

アゲ嬢の雑誌を見ながら髪をクルクル巻いていた母、興奮の余り徹夜で韓流ドラマを見ていた母、朝食の用意をすっかり忘れて、腹を空かした息子に行ってらっしゃいの挨拶もしなかった母。
出張に行った父が行方不明だと言うのに、心配する所か此処一週間家事を手抜きしまくった母。


朝、歯を磨きながら一人回した洗濯機の中に3日分の洗濯物がございます。

「うっうっ、せめて乾燥機に入れてあげて下さいっ、うっうっ」

いきなり乙女座りで打ち拉がれたオタクに、皆がビクリと肩を震わせた。


「眼鏡が曇っているぞ」

そこに忍び寄る変態…いや、神威の姿。

「曇った日に洗濯物は干しちゃ、めー!乾燥機じゃお日様の匂いがしないけど、仕方ないにょ!うっうっ、洗剤入れたら泡さんがいっぱい出て来たなり…」
「そうか、面映ゆい」


俊は家事が出来ない。
遠野家の家事は大半が父親担当だ。料理は上手いが掃除洗濯嫌いな母は、大雑把なO型である。
片付ける時は二・三日不眠不休で掃除しまくるB型とは相容れないらしい。



「待って、セイちゃんっ」

桜の珍しく大きな声に顔を上げれば、東條に駆け寄る桜が縋る様に手を伸ばした。


「何で無視するのっ?」
「いつまで子供のつもりだ、桜」

その手が届く前に振り払われて、涙を浮かべた桜が顔を伏せる。他人事ながら苛立っているらしい太陽は今にも殴り掛かりそうな勢いだが、



「どぅして、そんな事を言うの?僕、セイちゃんに何かしたぁ?僕、トロくて馬鹿だから、セイちゃんに何か迷惑掛けたのぅ?」
「………」

気丈にも涙を耐えながら、然し震える声音で呟く桜に沈黙する。

「だったら謝るからぁ、もぅ、無視するの、ゃだよぅ」
「…」
「ねぇ、セイちゃん…。僕、セイちゃんに迷惑ばかり掛けて、ごめんねぇ」

僅かばかり痛々しげに顔を顰めた東條が口を開き掛けて沈黙し、何かを振り払う様に頭を振るのを見たのは桜以外だけだ。



「…他意はない。気に喰わないだけ、だ」
「っ」
「お前も早く、ただの幼馴染みの事なんて忘れて、…新しい仲間と過ごせ」
「セイちゃ、」

追い縋る桜の声に振り返る事無く、その長身は見えなくなった。
佇んだまま微動だにしない桜へ駆け寄った太陽が、無言で桜の肩を叩く。


「清廉の君と桜は、幼馴染みなんだよな」
「ぅ、ん。…でも、そぅ思ってたのは、僕だけ、だったみたいだねぇ…」
「部室、行こう。誰も居ない筈だから、さ」
「ぅ、ん」

コクリと頷いた桜が、浮かんだままの涙を零す事はなかった。



「さ、エレベーター乗ったらすぐだよ。皆、行こっか」

無言で眼鏡を押し上げた俊が、東條の背中を追い掛ける様に目を細めた事に気づいたのは、

「俊、そろそろ俺を構え」
「もう、甘えん坊さんなんだからカイちゃんは。マフィア先輩ならもう居なくなったのょ?」
「そうだな」

恐らくただ一人だけだろう。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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