帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

ピンチには颯爽と駆けつけてくれますっ

「お前は向こうに行っていろ」

事ある事に息子を冷たく追い払おうとする母親(と言う名ばかりの異性)が、笑っている所を見たのは一度だけ。

「此処は子供の遊び場じゃない」

人目を避ける様に静まり返る夜更け。
握り締めた受話器へ、彼女は何度も愛していると囁いていた。

「…嫌だ。兄様だって子供だろ」
「何を馬鹿な事を」

煌びやかなパーティー。
諂う大人に囲まれた神は恐ろしい程に神々しく、傍らの神に良く似た子供は更に美しい透けるほど白い肌を惜しみなく晒している。
畏怖と羨望を以て彼を見つめる数多の他人に、ひたすら誇らしかった。

どうだ、あれがいずれ世を支配する神の子。

「兄様、今日も綺麗…」
「あれはお前の兄などではない。奇しくも、次代グレアムの後継者だ」

父親など見た事もない。
神の妹でありながら厄介者扱いされている母親に愛など欠片もないが、

「お前が関わる必要はない、ファースト」

煌びやかで果てしなく広い地下帝国に在って、対等に会話してくれる人は、彼しか居なかった。








「また臍を曲げているのか」

皇居にある自室では決して眠ろうとしない人を探し出すのは、日課の様なものだ。
見つけるのは自分の使命なのだと、意味なく信じていた頃。

「あんな奴嫌いだ!兄様と遊ぶなって言うんだ。兄様は男爵になるんだからって!」
「そうだな」
「ドイツもコイツも、馬鹿の癖に兄様の周りチョロチョロしやがって…!伯父様が悪いんだっ、偉い癖に最近ちっとも仕事してないじゃん!」
「全てはキングが悪い」
「Excellent!キングが悪い!」

自分は一生彼の味方味方で、

「噂だけど、最近キングは外国に行ってばっかりだから、パーティーに姿を現さないんだって」
「外国?」
「甥の僕だってあんま見た事ないもん、セントラルに居ないからだよ。だから大人達が言ってた。セカンドは、キングの不在を知って入ってきたスパイなんだ」
「…馬鹿な事を」

彼も勿論、自分だけの味方だと。

「とにかく、アイツ兄様にベタベタし過ぎなんだ!ちゃんと兄様も言わなきゃ駄目だからね!兄様は僕の兄様なんだから!判った?」
「所でファースト」
「なぁに?」
「今日はノイズが酷いと思わないか」



信じて疑いもしなかった。








「目が覚めたか!」

真っ赤な眼をした、真っ赤な髪の男が見えた。

「良かった、佑壱…!」

ゆういち。
それは自分のもう一つの名前。
母はエンジェルと名付け、物心付く頃には女の名前だと嫌になり、齢三歳から愛称であるファースト呼びを強制した。
大好きな兄様にすら、教えていなかったのに。

「何処か痛い所はあるか?気分は悪くない?」
「に、ぃ、さまは?」

知らない男の向こう側に、知らない子供が立っている。

「にいさま」

赤髪の、黒眼の子供。
それまで無表情だった癖に、目が合うと驚いた様な顔をした。

「お前、」
「っ、兄様、兄様は何処?!アイツらは?!FUCK!まさか特別機動部が関わってるなんて…!」
「佑壱、落ち着きなさい」
「気易く呼ぶな、下等生物!」

伸びてくる手を振り払いながらタガログ語で叫べば、瞬いた長身の後ろ、眉を歪めた子供が唇に笑みを描く。

「餓鬼が、テメェこそ雑魚だろうが」
「零人、やめなさい」
「親父は黙ってろ、甘やかしてんじゃねぇ。俺ぁまだ認めてねぇんだかんな」
「…それは」
「じゃなきゃ、母ちゃんが可哀想だ。絶対、認めねぇ。一生。クソ親父えんがちょ!バリア!」
「父をウンコ扱いしやがって!おみゃあ、いっぺんシバいたりゃあ!」
「ぷ。名古屋クサ、方便ダッセ。田舎成金臭、加齢臭。ウンコ親父、ぷ」
「零人ぉおおおおお!!!」

慌ただしい二人を半ば呆然と見つめていた。
此処は何処だ。ああ、少しずつ思い出してきた。


忌々しい中国人が、いや、元は日本人だったか?
忌々しいネイキッド。神から褒美に貰った宝石のストラップを、よりによって何の変哲もない子供に譲っているのを見た。

ただでさえ、自分に内緒で日本旅行なんかに来ていたルークにも拗ねていたのに、あんな奴にストラップなんかあげるなんて!
確かに価値はさほど張るものではない。ダイヤモンドに比べたら石ころだ。言いたいのはそうじゃない。あのストラップは、手芸にハマっていた頃、神が自ら作った作品なのだ。

幾つか自分も貰った。
ストーンチャームがついた髪留めのゴム、アンクレット、ブレスレット…次はネックレスが欲しいとおねだりしていたのに、あのストラップを最後に神は手芸に飽きてしまった。
飽きてしまった神に何を言っても無駄だ。神の興味は一度きりだから。


「何で、セカンドばっかり…」

黒髪の異邦人。
いきなり現れた癖に、IQ200を超えた天才児で、数学は化け物、文学も人並み以上に出来る。
然も忍者の様に身軽で、何度となく暗殺しようとして返り討ちにあった。ああ、腹立たしい。

「っ」

そう。恨んでいた筈なのに、思い出してしまった。あの、いつも澄ました顔が崩れていた事を。
自分の事になんか興味なげな彼が、豪雨の中、黒服に囲まれた自分を助けようとしてくれた。
例え、あの子供を守るついで、でも。

「佑壱」

血が滲むほど握り締めた拳。
不貞腐れた赤毛の生意気な少年は、叩かれたのか頭を抑えながら睨んでくる。
見知らぬ赤毛の男は、燃える様な煉獄の眼差しで静かに見つめ、有無言わさず抱き締めてきたのだ。

「離っ、」
「俺の名前は嵯峨崎嶺一。向こうだと、…クライスト=アビス=サガサキだ」

知っている。それは大罪人の名前。
一度だけ母が国を捨て、男と駆け落ちしようとして失敗した事があると聞いた。産まれる前の話だ。
そして、男は掴まり処刑され掛けて…、

「クリスが言ったんだ。今後一切関わらない事を条件に、俺を助けて欲しいと…キングに」
「何で…」
「俺の子を妊娠していたから、な。…結局、ずっと知らせなかった。苦労しただろう、お前も」

大人達が言っていた。
神の血は一人で良いと。(不条理でしょう、ファースト)だから大人しくしていなさいと。(悔しくはありませんか)君が神に仕える「天使」である限り、(貴方にだって、グレアムの血は流れているのに…)身の安全は、保証しよう。
(ルークさえ居なければ)

「お…お前なんか、父親じゃない…」

エンジェル。
そう、神ルーク=フェインにのみ仕える天使なんだ。置いてけぼりにされて拗ねても最後には許してしまう。

「離して、兄様に会わなきゃ!」

早く。
早く、兄様に会わなければ。


「ルークは居ません」

松葉杖を抱え、大きな絆創膏を貼った金髪の子供がひっそり静まった廊下に立っていた。

「お前…」
「アイツ…いや、He goes to anywhere with black.」
「ブラック…セカンドと何処に行ったの?危ないんだよ!特別機動部の人間が交じってたんだ!ネルヴァ秘書もグルだったら、兄様は…!」
「特別機動部はルークを警備してただけだ」

眉を歪める金髪の少年に詰め寄れば、後ろから聞こえてきた声が否定してくる。振り向けば、腕を組んだ赤毛の男の隣に、ニコニコ笑うもう一人の長身が見えた。

「そうです、社長は馬鹿ですが得にならない事はしません。何せ神直々に仰せつかったんですからねぇ」
「お前は黙ってろコバック」
「言葉遣いが可愛くありませんよ社長、亡き奥様がどれほど嘆かれるか…」
「ちょ、今シリアスな雰囲気!息子と対面したシリアスなとこだから!空気読んで!ボーナスやるから!」
「いやぁ、凛々しいお姿に惚れ惚れ致します会長。いや、クライスト枢機卿、でしたか?」

ああ。
思い出した。確かあのストラップを『あきちゃん』とか言う子供から奪い、揶揄ってストレス発散していたんだ。
高が子供だと舐めていたら、公園中に落とし穴やら泥団子やら仕掛けていて、いつの間にか追い付かれていた。

返せ返せと騒がしいから、ムキになって揶揄い続ければ降り出した雨の中から黒服達が現れたのだ。

『抵抗しなければ何もしない』
『貴方には神を誘き出す餌になって貰うだけだ』

掴まったの自分。
ストラップを握り締めたままだったから、目を丸くした子供が黒服に跳び蹴りをした。

『アキちゃんのストラップ返せよ、カス共。人が大人しくしてやったら際限なく調子に乗りやがってカス外国人、日本人舐めたら切腹するからねー』

ついでに頭突き。
どさりと落ちた自分を庇う様にストラップを握り締めた子供の眉間に、銃を当てたのは狂った目をした大人だったのだ。

『…おもちゃ?』
『馬鹿か…!逃げろ、死ぬぞ!』

ナイフとサッカーボールが飛んできたのは、同時。


『アキ!』
『Angel!』

黒い影は、ストラップを庇う様に身を丸める子供に覆い被さり。
荒れ狂う雷鳴の中でさえ神々しい光の化身は、余りにも凛々しく、そう、まるで一国の王の様に尊厳に満ちた姿で大人達を見据えた。

劣勢は明らかだったのに。
(今まで、自分の味方は兄様しか居なくて)
日本刀の様な鋭い刃を向けられても逃げる所か、腰を抜かした負け犬を庇う様に抱き締めてきた。
(多分一生、彼だけが心の支えだった)



世界は、赤。


琥珀の眼差しに笑顔を湛えていた生き物が、繰り返した言葉は、『大丈夫』。


『あ』

降りかかる赤。
大量の赤を流す暖かい生き物の濡れそぼったブロンドを、震える手で掻いた。

『あああぁあああああぁあ』

助けて欲しいのに。
誰の名前も呼ぶ事が出来なかったのだ。








「ヒュッ」

飛び起き、過呼吸を起こした喉を押さえながら辺りを見回した。

違う。
執務室だ。今夜は学園中が眠らない騒ぎだろうと、此処で仮眠しに来たのを思い出した。

「は…っ、は」

眩暈がする。
血が足りない。
嫌な身体だ。自分だけでは生きていけないのなら、いっそ崩壊してしまえば良いのに。

「み、ず」

ポケットから取り出したピルケースから、錠剤を口に放った。給湯室を目指し立ち上がって、すぐに膝から力が抜ける。

「糞が…」

乾いた口腔に張り付いた錠剤を必死に嚥下しようとするが、まだ治まっていない過呼吸がそれを妨げた。
このまま死ぬならそれも良いか、と目を瞑った瞬間、思い浮かんだのは初めて自分を何の見返りも求めず助けてくれたあの、黄金。



「た、すけて」

意味もなく泣けてきた。
カーペットの上、動く事も出来ずに彼の名前を呼ぼうとして、ああもう、顔を思い出せない情けなさに死にたくなる。

何も変わっていない。
神に背き来日して、カルマを率いて強くなったつもりでも、ほら。何も変わっていないではないか。


助けて欲しくても、呼びたい相手の名前さえ、知らないのだから。



「おい!」

いきなり明るくなった部屋、誰かの鋭い声に目を見開いた。

「何やってんだテメェは!」
「こ、…さか?ごほっ」
「口から何か…ちっ」

抱き起こされて、慌ただしく給湯室へ消えた背を見ているだけ。悲しくもないのに涙ばかり溢れてくる。また泣き虫だと馬鹿にされるのは遺憾だと、目元をゴシゴシ擦った。
ああ、体が動く。

「ほれ、水だ。新しい薬あんだろ、飲め」
「さっきのは?」
「落ちた奴なんざ捨てたに決まってんだろうが」
「…あれで良かったのに」
「あ?」
「俺なんか生かす為に作られたんだ。勿体ない事、しちまった」

新しい錠剤と共にグラス一杯の水を飲み干し、真顔で沈黙している日向を見やった。何か物言いたげな表情だが、改めて見ると恐ろしいほど整った顔である。雄臭さの点では、神威以上だろう。裕也も適わない。

「何?」
「…別に」
「何だよ、俺の美貌に見惚れてんのか?」

揶揄いめいた笑みを浮かべれば、呆れた様に背を向けた男へ手を伸ばした。


ああ。
無意識だ。何も考えていない。


「見ても良い」
「は?」
「お前の方が格好良い癖に」
「何意味判らん事をほざいてやがる」
「抱っこ」

馬鹿な事を言った。
どうせまた馬鹿にされる、


「はぁ。仕方ねぇ奴だ…」

と、思ったのに。暖かい。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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