帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

なんでもかんでもアバウトに炸裂の巻

「おーい、お兄さん生きてるかい?死んでたら、手を挙げてー」

夜景に映えるイルミネーションが数々彩りを添えているにも関わらず、ジメッとした暗雲を漂わせている一角に気づいた男は、イカ焼きを片手に近寄った。

「うん、親父ギャグ華麗に不発。…ヒュー、白髪だと思ったら水色だ。何処のサロンで染めてるの?プラージュ?安いよねあそこ」
「…」
「携帯落ちてるよ。はい、スマホは落とす度に小さいヒビが入って劣化してくから、気をつけないとー。見た目は綺麗でも中の基盤が痛んでる事があるから、未だにガラケー愛好者の数も、」

ベラベラ、イカ焼きを頬張りながら饒舌に語る男に、どんよりオーラを巻き起こし体育座りしていた美貌が凍える双眸を開く。

「…失せろ」
「やだなー、今も昔も男前って口調も性格も悪いよねー。あちゃー、肩に蜘蛛の巣、背中に土が付いてるよ。その制服、西園寺だねー」
「直ちに失せろ、今は愚か者の冗談を受け流す余裕がない」
「えー、何々?遠野ワカ?へー、生徒会長なんだねー」

生徒証明のブレスレットがいつの間にか茶髪の手にあり、己の右手へ素早く目を向けたアイスブルーの瞳が眇められた。
油断した覚えはないのに、盗られた事にまるで気付かなかった、なんて。

「ワカちゃん。女の子みたいで可愛いねー」
「誰がワカだ、貴様!」
「え?もしかして…カズウタ?ワッカ?大穴でナゴウタ!ほら、和むとも読むしさー」
「…馬鹿を相手にすると頭が痛くなる」

茶髪は揶揄い過ぎた様だと肩を竦め、イカ焼きの串を振り回す。

「ごめんごめん、秀隆の甥っ子だろ?俊江さんの弟の。君と同じ目の色をした凄い美人な彼女が居たもん。覚えてるよ、秀皇を待つ間、秀隆と車の中から見たんだ」
「…アンタが知り合いだ?馬鹿馬鹿しい、一介の学生が」
「あはは、違う違う」

お洒落な太縁眼鏡を僅かにズラした茶髪がにんまり笑い、一瞬だけ眉を寄せたオタクの従兄は鼻を鳴らす。

「へー、あんまり驚かないな。そりゃそっか、西園寺学園の生徒会は人気投票で選出されるんだったね。文武両道に加えて眉目秀麗じゃなきゃならないとか、大変だねー」
「失せろ」
「最近の若者はもう少し年功序列って言葉を学ばなきゃいけない、うん。西園寺に比べれば、帝王院の学生は可愛いもんだ、うん」
「…さて、世を賑わせた死人が生きているタレコミは、幾らになるか」
「やだなー、人聞きが悪い。ほんの二・三日だけだったろ?」
「図った様に次々ニュースが起きれば、移り気な民衆が鎮静化するのは早い。何処の局に賄賂が流れたか興味がある」
「将来のお医者さんに経済学は必要ないよ」
「伯父が大財閥、それも当院が御殿医の役職を賜っている相手でも?うちの理事長も随分興味を持ったらしいが、それでは説得力に欠ける」

西園寺財閥と言えば、規模自体は加賀城より若干劣るものの、公家・華族を経てきた名家中の名家だ。食えない当主で名を馳せるプレイボーイは、親子ほど年の離れた某エセオカマをも口説こうとした伝説がある。
美しいものを片っ端から食い荒らす、鯨の様な男だが、やはり食えない。

「成程〜、君はあの若会長の命令で訪ねてきた訳だ。残念だけど、俊は何も知らないよ」
「ふん、釘を差す度に否定が肯定になる良い例だ」
「君の考えがどうであれ、そう報告しなきゃねー。…敵は少ない方が得策だろう?」

最後の一口を大口で齧り、もぐもぐ頬を蠢かせながら咀嚼した茶髪は串を植え込みに投げ、パンパン手をはたいた。

「ともあれ、今のあの子を見れば理解したと思うけど」
「あの態とらしい変わり身で理解出来たのは、あれが生まれながらの根暗陰湿性悪粘着質だった事くらい。…改めて思い知る必要もないが」

どうやら、彼は従弟が苦手らしい。同族嫌悪だろうかと考えて、曖昧に笑った。
俊は恐らく誰よりも、優しいと思うのだ。あの引っ込み思案で人間嫌いだった長男が、すぐに懐いたくらいなのだから。

「次男が世話になってる理事長先生に手荒な真似はしたくない。関わるなって言ったら、素直に従ってくれるかなー」
「…は、知った事じゃない」
「工業科の屋台の質は見事なもんだ。君も折角遊びに来たんだから、楽しまなきゃ損だよ?」
「………実家に帰りたい…」
「そんな離婚覚悟の嫁さんみたいな。悩みがあるなら聞こう」
「…弟の…ライブチャットが…」

震える手でスマホを手渡してきた若者に、イカ焼きのタレまみれの中年は口元を拭いもせず、

「『親が離婚しても兄ちゃんと結婚すれば大丈夫だよ〜ん(はぁと)』『おやすみ』『兄ちゃんも舜と一緒に寝たいニャン☆』『おやすみ』『舜の寝顔…ゴクリ』『親住み』」

最後は誤変換だろうか、以降、数百に上る書き込みに対して返信はない。未開封マークのまま放置されている某SNSのチャットを一通り見終え、ジメジメと湿った蒼白髪を見やる。

「ほぼ毎日この数送ってるんだねー。怖いな、ヤスもアキにこんな事してたらどうしよう、パパ怖い」
「然し、音声通話は確実に我慢が利かなくなる…。何時に送信しても毎回挨拶しか返ってこない。朝はオハヨウ、昼はコンニチハ、おやつの時間は返信がなく、夕方以降はオヤスミオヤスミオヤスミ…!どうせなら耳元で言って欲しい!腕の中で!」
「我慢強い弟君だねー、実に」

見も知らぬ弟に心から同情する。

「目に入れても痛くなかった。いずれは中に入りたい」
「うーん…血が繋がってないならねー、うん、問題ないかなー…少なくともモラル面では…益々パパ怖い、ヤスがアキにこんな事を企んでたらどうしよう、ママが二人共刺しちゃうかもー」
「同じ遺伝子とは思えないくらい可愛い。多少馬鹿な所も可愛い。…だが、その所為で舜は西園寺進学所か、中学卒業もままならない恐れが…!うわーっ、俺が代わりに入試を受けてやれたら!不甲斐ない兄ちゃんを許して〜、舜んんんんん!!!」

錯乱状態の長身を暫し見守り、早々に見放した男は頷いた。

「…オッケー、僕が代わりに生徒会長やってあげるから、YOU帰省しちゃいなよ!」
「は…?」
「若い内は我慢しちゃいけない、僕も若い頃は精力的だったものさ…。大丈夫、変装して突っ立ってりゃ何とかなるよ、君あんまり外交的じゃないし。ヤスとは話しを合わせとくから早くブラザーの元に行きな、お兄ちゃん」
「それは有り難い。山田にも宜しくお伝え下さい、では失礼」
「あんまり種蒔き頑張りすぎると後で後悔するから気をつけてねー、いってらっしゃーい」

光の速さで立ち去った若者に手を振り、山田家当主は晴れ晴れしいまでの妖しい笑みを浮かべる。

「弟君、貞操死守頑張って…ね!」

叶二葉を遥かに上回る、とんでもない腹黒さの微笑みだ。キレた時の山田太陽にそっくりとも言えよう。
アイアムサドと言う幻のキャッチコピーを背負い、

「ラッキー、これで明日から動き易くなった。ヤッスィーにメールしておこう。…後は秀隆と合流する前に、」

植え込みから携帯片手に開店準備中の屋台へ足を向け、手練手管でまた試食にありつこうと企んでいた男の視界に、見覚えのある少年らが横切っていった。

「あーれれーの、れ?今の、錦織君と高野君と藤倉君…で、合ってるかな?」

懸命に作業している生徒らを掻き分け走っていく三人を眺め、腕を組む。

「アッキーのお友達だから気になるけど、グレアム関係以外に割く時間はないし…仕方ないよねー」

厳ついヤンキーな生徒が繊細な手付きで綿菓子を作っているのを鋭く見つけ、中年はスキップで近付いていった。















「Hey, gay.(おいホモ)」

バスローブ姿の赤毛が、簡易照明で辛うじて灯された庭園の薔薇を一輪、もぎ取った。

「ほらよ。テメーの好物だ。パンチェッタより薔薇のが好きなんだろ、ローズ猫」
「…」
「まさかテメーが根っからの薔薇族だとは…両刀だとばかり…。ふぅ、流石の嵯峨崎佑壱様もビックラこいたぜ淫乱ネコ」
「…殺すぞテメェ!だから誤解だっつってんじゃ、」
「テメーは!」

凄まじい音は佑壱が、ジャスミンの幹を殴りつけた為だ。

「最初から総長とグルだったんだろ!総長を誘惑して此処に誘いやがった癖に…!」

無言で暫し佑壱の睨みを受けていた男は、硬直した表情そのままにクラリと眩暈に倒れる。

とんでもない誤解だ。
だが然し言った所で信じる筈もなく、明らかに八つ当たりとしか言えない佑壱の罵声に耐えるのも馬鹿馬鹿しい。

「何でシュンと俺様がグルになるんだ、アイツが失踪する前から会ってなかったのは知ってんだろ、テメェも…」
「俺を除け者にしてイチャイチャイチャイチャしてたんだろ!判ってんだぞっ、テメーが総長をホモの道に引き込んだっつー事は!抱かれたのか!ま、まさか、テメー、そ、総長を…っ」

言葉に鳴らない悲鳴と共に殴りかかって来た佑壱の拳が頬を掠め、辛うじて反応した我が身に心境は拍手喝采だ。
牙を剥き出し本能のまま、何の手加減もなく向かって来る赤毛は最早野獣としか喩えようがなく、日頃のスキンシップじみた喧嘩が如何に双方の自制心の元、成り立っていたのかが嫌でも判る。

十中八九、佑壱は自分の方が弱いと思っているだろうが、佑壱の前では一瞬たりとも気を抜いた事のない日向がどれほど神経を尖らせているか、考えた事もないに違いない。

「Fuck'in I've to kill someway, I can do and do.(絶対に殺す、俺には出来る、やれる…)」
「Have to about face! You understand, about behave yourself!(考え直せ!落ち着けば判る!)」
「Okay Sir, but I am just behave myself about.(はい閣下、自分は落ち着いてるっス)」
「真面目に話せば判る、話せば!」
「アンニョン、ゴマスニダ」
「ハングルかよ畜生…!判んねぇ!」

熱帯植物を悉く破壊していく腕力に痙き攣りながら、キックボクシングを基に鍛えてきた日向は俊敏な脚力で紙一重、逃げている。
腕力はともかく語学力では確実に分が悪いので、対等な会話は諦めよう。キレたらランダムで喋る癖がある嵯峨崎佑壱は、最早言葉の通じない野生動物と同じだ。

「判った!俺様が悪かった!だから自然崩壊はよせ、温暖化が進んだらテメェの所為、」

運悪く自動放水が始まり、薄暗い中シャワーの音が響いてきた。真っ向から水を被った佑壱がシャワーの勢いで立ち止まり、ポカンとそれを眺めた日向は息を整えながら、事を見守っている。


…凄まじい水圧だろう。
顔面にそれを受けて倒れないバスローブには感心の一言だが、ものの数秒で放水が止まると、徐々に心配になってくる。


「…」
「さ…嵯峨崎、大丈夫、か」

佑壱によってボロボロになった植物の大きな葉がヒラリ、ずぶ濡れの佑壱の頭に張り付いた。沈黙し微動だにしない赤毛は葉を仮面の様に貼り付けたまま、ピクリともしない。

「今…取ってやる」

とんでもなく怒っているだろうが、温室内のシステムだ。日向の責任ではない。
だが然し、見当違いな八つ当たりとは言え、寸前まで本気で殺しそうとしてきた危ない相手である。感情の温度差が有りすぎて、憤りより同情してしまった日向に怒りはない。

寧ろ手の掛かる園児を持て余す、保育士の心境、とでも言おうか。

「…あー、風呂上がりだったのに、何つーか…残念だったな」
「…」
「会議にゃ出なくて良いから、テメェはもうシャワー浴びて寝ろ。…いや、熱いシャワーが良い」

ポタポタ、日向より濃い肌色に滴る水滴、額から見事に分かれた長い髪が張り付いているのを整えてやりながら、自分でも何を宣っているか判らない。
寝起きの幼子然した佑壱の顔を認め、いたたまれず顔を逸らせば、ガシッと顎を掴まれた。

「…浮気者!」
「はい?」
「テメーなんか性病で悶え苦しめ!バーカ!いんきんたむしバーリア!えんがっちょ!」

捨て台詞宜しく、辛うじて張り付いているだけのバスローブを靡かせ、野生動物は走っていく。
引き止める間なく見送るしかない男と言えば、暫く経った後に眉を寄せ、


「ありゃ何十年前の生まれだ。…意味不明にも程があんだろうが、馬鹿犬」

自分が可哀想だ。
| → | 目次 | INDEX
©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル