帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

間近の悲劇は現実味がナッシング

「この辺まで来れば…見えないかなー?」

デカい荷物を引っ張り全力疾走した男は、荒い息を噛み殺しつつ庭園の煉瓦敷きから時計台の方向を振り返った。

「看板の影に隠れずとも大丈夫だと思いますが」
「…コホン。こう言うのは気分が大事なんです、雰囲気が」

二葉の声に態とらしい咳払い一つ、乙女座のシンボルが刻まれた看板を盾に屈んでいた腰を伸ばし、両手に掴んだ手首を見やる。


「あら?」

白い手袋と、白い手。
どちらも長く白い指だが片方は布で包み込んでいる。片方は手首の先に黒いシャツの袖口があり、もう片方は手首の先に白いシャツの袖口があった。
白い手袋と制服の袖口、こちらは間違いなく二葉の手だ。ならばもう一つ、透き通る透明感の肌を清潔な白いシャツで包んでいる、左手に掴んだ手首は…何だ?

「し…白百合様…」
「おや、他人行儀ですねぇ。先程は騒ぎに乗じて、呼び捨てになさったでしょう」

揶揄めいた二葉の声音が物凄く楽しげだ。恐らく判っているに違いない声を辿り、恐る恐る見上げれば、

「見上げる浅ましさだ。打算を好む人間は四方山見てきたが、此度程おざなりな浅知恵は感嘆に値する」
「貴方がそこまで仰られるとは、至極の愉楽に尽きます。良かったですねぇ山田太陽君…失礼、時の君。勲章を賜りましたよ」

左に涼しい顔の銀髪、右に涼しい笑顔の黒髪。凪いだ夜の庭園を艶やかに彩る最上級の美形が、平凡一級品の視界を堂々支配している。

思考回路が弾け飛んだ太陽は顔の筋肉までも固まらせ、にやけ顔の様な表情で剥製と化した。
ぷにぷにと二葉の指から頬を小突かれようが、無表情で見つめてくる蜂蜜色の双眸が細められようが、このまま風化するまで固まったままなのではないだろうか。

「長尻は好まぬ、離せ。微生物にも劣るその命、この場で屠られたいか」

と言う心配は、某腐男子以外には一切の容赦がない人格崩壊者によって霧散した。
素早く両手を万歳の状態に突き上げたでこっぱちは、表情はまだ固まったまま素早く後退る。それはもう見事な動作だった。平凡の底力だろうか。

「恐れながら陛下、私の前で何と仰いましたか?どうも鼓膜のチューニングが整っていなかった様で」
「可及的速やかに腕の良い調律師を招こう。そなたの身に大事あらば、私の胸も痛もうと言うもの」
「貴いお心遣い、心身共に傷み入りましてございます。慈悲深い陛下の気高く麗しい御尊顔を末永く拝謁する事が適うよう、益々精進して参りましょう」
「健気な忠義の心根、しかと心得た」

白々しい。
どんな名俳優でも一度はNGになるんではないかと思わせる会話を、全く噛まず滑らかに交わしている二人をゴミ箱の影から窺っていた平凡少年は、大河ドラマを観ている心境で唾を飲む。
将軍と公家、はたまた御台所と春日局…いやいや、織田信長と明智光秀の会話の様だ。


「負けるな明智…!お前さんが勝つ事を俺は知ってる、よ…!」

平凡の呟きは地獄耳の二人にしっかりと届いていた。無言で目を見合わせた二人は、ハラハラドキドキの表情でゴミ箱の裏から凝視してくる視聴者を横目に、

「ふむ、私に秘められた名探偵の素質を見抜かれましたか。差し詰め陛下は、美と智に恵まれた明智探偵に嫉妬する、怪盗20面相でしょうか」
「そうか。私が思うに、猿に討ち取られた武将ではあるまいか」
「おや」

では魔王交代?















「ほぇ」

無機質な蛍光灯が等間隔に並ぶ天井。
耳が痛むほど静まり返った辺りを呆然と見回し、恐々体を壁際に寄せた。暖色系のLEDはこの時間にも関わらず、静寂を照らしている。

「もしかしてまた迷子…じゃ、ないみたい。此処らへん知ってるにょ、あっちに教室があるのょ」

暫く歩いた先のエレベーターホールには、白く発光しているシャンデリアと緩やかな螺旋階段。
カリキュラムの変更や、職員室からの連絡を受ける為に使われるパネル掲示板の真上に取り付けられたランプ型の間接照明は、悪天候時か日没後に点灯するものだ。通常、カリキュラムが9時前後まで行われる進学科の生徒が帰宅するのを自動検知し、消される仕組みになっている。
防弾防音ガラスの向こうも艶やかなイルミネーションやライトアップが煌めいている様に、今夜は親睦会で招かれた賓客らの為、全ての照明が灯されているらしかった。

見慣れた廊下の見慣れない雰囲気、いつもは窓の外が明るいからだろう。

明るくても超恐いのであります。ガタブル。

「えー…モテキングさん、モテキングさんはどちら様?あらん…何処に行っちゃったのょ、足長モデルめ。オタクをビビさせるつもりならっ、そうは同人誌即売会が卸さぬ顛末!」

さっきまで隼人と語り合っていた覚えがある。
但しその記憶が当てにならない事を嫌と言うほど知っているので、エレベーターホールの真ん中に座り込み、膝を抱えてみた。


「何か…出そうな空気…」

踏ん張っている訳ではない。そっちの出そう、ではなく、非現実的なゴースト的なものだ。
静まり返った校内は人間以外の存在を思わせる。ぶるっと肩を震わせ尻の穴をキュッと引き締めれば、カコンと膝の上に落ちた眼鏡に眉を寄せた。

「ひょ!…なーに、この最先端なデザインのサングラスちゃんは?いつの間にやら僕の目元にフライアウェイ?まァ、素敵なオタク品質…」

呟いたのは、数ある眼鏡コレクションの中でもデザインがダサ…いやいや、ハイセンス過ぎて中々掛ける勇気が持てなかったものだ。神威がアメリカンスーパーサイズのカートごと運び込んできた大量の眼鏡の中に、あったものではないか。
好きなものを使って良いと、原色レインボー縁に玉虫色のレンズと言うカラフル過ぎて眼鏡が割れそうになった奇抜な色眼鏡を試着しながら、気前の良いセレブは囁いた。

「カイちゃんのセンスはイマイチ判らないなり。アタシが根っから根腐れした腐脳だからかしら…」

エレガントでビューティホーで腹筋バキ割れのセクシーダイナマイツな上に、気前も良い股下108cmの銀髪。あらゆる意味で腐った庶民を益々腐らせる高品質だ。やさぐれそう。
世のご婦人、時々ご腐人をも虜にする最高級コラーゲンも、あの高品質を前にしたら枯れ果てる。


「お鼻高々、睫毛ふさふさカーニバル、唇ぷるぷる…唇…」

唇で思い出した。
メキッと凄まじい眼光で星形グラサンバを握り潰した極道面は、ギリギリと普段は涎の海に沈めている鋭い犬歯を剥き出す。

そうだった、近頃めっきり物忘れが酷くなってきて忘れ掛けていたが、あんの浮気者っ、庶民の恋心と貞操を何だと思っているのか!
セレブから見れば、オタクなんか無印良品どころか無印だろう!百円均一にも劣る、寧ろ百円均一に土下座しろと怒鳴りたくなるのも仕方ない低品質だろう!
そうともっ、擦れ違う不良チンピラ土佐犬が悉く飛び掛かってくる上に、100メートル先の野良猫が毛を逆立てシャーッと威嚇し、見ず知らずの赤ん坊が全力で泣き出す様な、…悲しくなってきた。
所詮、ドケチ大皿料理と若作りが特技の目つき極悪庶民ババアと、息子のプレステを借りパクしやがる甲斐性なしリーマンから生まれた、生粋の庶民品質だ。

ヨーロッパの貿易会社の坊っちゃまからすれば、つまみ食いにもならない駄菓子感覚だったのだろう。一本十円のうんめー棒が、極上スイーツに挑む様なものだ。


だが然し言わせて貰おう!
庶民の子供は千疋屋より駄菓子屋の方が好きだ!…多分。大人になっても駄菓子を見ると血が騒ぐものと心得よ!馬鹿にするな!うんめー棒のキャッチコピー、リーズナブル&ヤミーは国民の味方だと知れ!

「…いや、うんめー棒に謝れ。俺は駄菓子にも劣るリーズナブル&ジミーな男だ。良し、首を吊ろう」

心の声は心の中のみでひっそり叫ぶ。何せ夜の校内はお通夜ムードで、腐った男のタマタマをキュっと絞めつけるのである。

お化けを信じているのにはちゃんとした、切実な理由があるのだ。聞くも語るも涙、眼鏡が涙の洪水で溺死する。カナヅチの眼鏡はカナヅチ。
何せしょっちゅう割れたり吹き飛んだり忙しいので、眼鏡とて釘が打てる強度が必要だ。トンカチにも負けないカナヅチ眼鏡。


…そんな事を考えている場合ではない。
今は恐怖を忘れる為にも、憎き浮気者への仕返しを脚本しなければ。とことん痛めつけて、面映ゆい目に遭わせてやろうではないか!

「面映ゆい(英embarrassed/動詞)、嬉し恥ずかしい様。喜ばせてどうする、苛めるんだ。………出来そうな気がしない…」

ふらふらと立ち上がり、ふらふらと螺旋階段へ向かう。苛められっ子は苛められる辛さが判るから…と言うより、技術的に無理だ。
某平凡の様に、キャンディー&ウィップを使い分けるのはA難度である。鞭は要らない、桃味の飴ちゃんがあれば良いのだ。

主人公の現実逃避は、高笑いする山田太陽の幻影で終わりを迎えた。

無人且つ深夜のエレベーターなんて丁重にお断り致します、あんな密室でミス貞子が出演なさったら確実にチビる。鞭を手にした左席副会長が現れてもチビる、涎も股間も洪水だ。
チビるだけならまだしも、こんな狭いエレベーターなど間もなく冠水する。己の小便で溺死…カナヅチの死因ぶっちぎりのワーストワンだ、オンリーワンだ。恥ずかしい死因がギネスに載ってしまうではないか。

「この世のイケメンなんか………受けに一目惚れしてしまえ。若しくは自分以上のイケメンから掘られてしまうがイイ」

螺旋階段を降りる靴音で、独りぼっちの寂寥感を募らせた。何処ぞのチワワかイケメンかと濃厚なラブシーン中だった銀髪の背中が脳裏を支配し、泣くまいと眉間に力を込める。
貞子も逃げ出す鬼の形相だ。ホラー映画だ。誰かが通りかかったら、恐らく悲鳴を上げるだろう。

「お、イケメン発見」
「えっ?ちょ、イケメンはどちらに?!俺様系溺愛系ワンコ系マッチョ系どのイケメンですか?!どれでも遠慮なく!ハァハァ」

然し、悲鳴ではない人の声を聞いて素早く気を取り直し、ついでに背を正して機敏に周囲を見回した。が、すぐに自分が眼鏡をしていない事に気付き、近付いてくる足音にドバッと汗を流す。

不味い。
確実に不味い、佑壱は勿論、滅多に怒らない裕也も北緯も確実に怒るだろう。

幾ら無意識とは言え、勝手に歩き回るなと太陽からガミガミ怒られたばかりだと言うのに、この極悪面を曝してしまうとは…。
誰だか判りませんが背後のお兄さん、大変申し訳ございません。
天文学的テラ奇跡的に、セレブ育ちの世間知らずなクォーターイケメンのつまみ食いを経験した程度の庶民でございますれば、中身はチワワに大敗する様なチキン、どうか、どうかいきなり殴り掛かる事がなきよう!

「むにょ」
「む。腹が出たな、メタボか?」
「ヒィイイイ!お戯れをー!!!」

いきなり殴られなかった代わりにギュムっと抱き締められ、半ば半狂乱で振り向きざま殴りかかった。
ああ、山田太陽の笑っていない冷たい眼差しが「絶交だ腐れオタク野郎」と笑顔で吐き捨てる光景が、爆発的速さで脳を駆け巡る。ドバッと涙と吐血を撒き散らした主人公は、崩れ落ちる様に倒れ込んだ。

「俺が…俺が殺したんだ…!少しばかり腹の肉を揉まれた程度で過剰反応した挙げ句、俺如きに痴漢してしまった寧ろ被害者を殺してしまうなんて…!う、うっうっ」
「そこは殺せ。痴漢に生きる価値はない」
「愚か者がァ!うんめー棒にも劣る俺が人様を傷付けたんだぞ!」
「メンタイ味でご飯三杯は堅い」

キッと殺人的眼光で睨め付けた先、何の見間違いだろうかと目を擦る。
ああ、どうも疲れているらしい。いつの間にか寝ていた様だ。それなら一緒に居た筈の隼人が居なくなったのも納得がいく。もしかしたら絶交をちらつかせながら怒っていた太陽も、夢?
何だそうか、ドMの願望だったか。良かったのか悪かったのか。

「じゃ、浮気も夢だったのかしら。いやん、ハニーを疑っちゃった。バカチン☆」
「高校生が浮気だと?避妊すれば良いと言う馬鹿な考えは捨てろ、必ず後悔するぞ!」

どうせ出るなら、お化けの方がどれだけマシだろう。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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