帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

振り返れば鬼畜いるいる法隆寺っ

夢を見ている。
そんな事を考えて、くつりと嘲笑った。
夢の中で冷静に自己観察している場合なのか。

体が重い。
酩酊状態特有の気怠い感覚、微かな違和感。どうやら覚醒には程遠いらしかった。飲み過ぎた自覚はある。夢の中でさえ。

ああ、面倒臭い。


「あは、あはは、あははは!」

盛大に笑い転げる相棒を怒りに震えながらひたすら睨め付けている自分を、遠巻きにしている舎弟らは静かに…いや、若干顔色悪く伺っている。
頭一つ高い位置にある憎たらしい美貌…ともすれば女の様な造形美に、得るのはグツグツと煮え立つ厳かな憤怒だけだ。

それもその筈、再会した瞬間の第一声がこれなのだから、何と形容すべきなのだろう。今のこの、筆舌に尽くし難い感情を。

「…馬鹿笑いを今すぐやめろ」

出来れば会いたくなかった。
だからこそ逃げる様に数日前から外泊届を出していたのに、だ。舎弟らの悲壮な救いの声に駆け付けた自分が悪いのか、どうなのか。

「いやー、暫く見ない間に随分…いえ、全くお変わりない様で安心しましたよ殿下…失礼、高坂君」
「煩い」
「いやー、言葉遣いが悪くなりましたねぇ。あちらでは王子様の如く紳士的だったものを…あはは!あはっ、あははははは!はは!あはは!」
「噛み殺すぞテメェ」

そうだろう。
確かに別れた時より20cm近く大きくなった相手から見れば、昨今の小学生よりも小さいと思われる自分は、爆笑のネタとして十二分に貢献している。

「でかくなりやがって…」
「去年一年で15cm程。節々が痛くて痛くて。高坂君は…失礼、縮むなんてそんな有り得ませんよねぇ」

怒りの余り舌打ちすら出ない。
昔はこの男の方が余程、『姫』に相応しい見た目だったが、推定180cmでは間違っても弱々しくは見えない。脱げば嫌みなほど締まった体躯をしている事は、昔から知っている。

「そうそう、先程表の通りでスケアクロウを見掛けました。気づいている癖に盛大に空気扱いされましたがねぇ…」
「醤油顔だから忘れられてんじゃねぇの」
「紅茶顔でも忘れられてしまうんですもんねぇ」

そして今現在、自分の日本語力形成に大いなる貢献を果たしているのが、この男だ。今更、昔の片言めいた奇妙な丁寧語など、死んでも使いたくない。
性格の悪さに磨きが掛かっている二重人格者に言い返すだけ無駄だ。何せ息一つ乱れていない。ABSOLUTELY数人相手に今し方、派手な乱闘を繰り広げていたとは思えぬ程に。

「…ちっ。然し、良くアイツが許可したな」
「そうですねぇ、一応ご命令ですので。また宜しくお願いします、高坂君。ああ、マジェスティとお呼びする方が正しいでしょうかねぇ」

借りきったクラブの玄関ホールには生きているのが不思議なほど痛め付けられた親衛隊ら数人、加担しなかっただけで部外者の敗北を期待していただろう残りの親衛隊らは、空ボトルの山に埋もれ、半裸の女を膝に乗せニヤニヤ笑う赤毛を見ている。

「光姫ぇ、いつまで他の男といちゃついてんだぁ?いい加減こっち来いよ」
「…誰が行くか、もうテメェは死ね、息すんな」
「おい、この俺様が可愛がってやるっつってんのに、ツンツンすんなよ。姫、総長命令だ!パンツ脱げ」
「余程殺されたいらしいなぁ、ゼロ!」

怒りの余り殴りかかれば、ニヤリと笑った男は女を突き放し、全力を込めた拳を容易に掴んだ。

「ふっ。俺の顔にゃ興味ありそうだがな?」
「!」
「セックスが駄目ならキスでも良い、舐めてくれんなら今からでも、」
「死んどけ」

唇と尻を撫でられるのと同時に、総帥である嵯峨崎零人の股間を膝で押し潰す。声無く悶える男の手を叩き落とし、こちらも最早声も出ないほど爆笑している、失笑男の頭を鷲掴んだ。

「テメェ、何の為に来日しやがった、ああ?」
「ふ、高坂君を、ふは、お守りする為、あはは、ですとも」
「だったら今こそ守りやがれ糞が!どの口がほざく!」
「この口ですとも!あははは」
「………ぶっ殺す。」
「あーっはっはっはっはっ」

殴れど蹴れど、痛覚神経が麻痺している男には何の意味もない。口笛を吹きながら、うわーバイオレンスーなどと宣う現総長と言えば、舎弟数人をボコボコにされておきながら、底抜けに能天気だ。
先程突き飛ばした女を再び膝に乗せて、殆ど半裸の背中を撫で回している。嵯峨崎零人のセックス狂いは有名な話だ、今更ではない。

「マジェスティ、ちーっす。何?抗争でもやってたん?」
「おう、ウエスト。またデカくなったな、お前よぉ」
「聞いて下さいよー、俺!今度の自治会選出る事になったっす。会長狙ってますから!」

あられもない声を上げる女には構わず、零人の肩に抱き付く金髪は、一つ年下の西指宿だ。
家柄は勿論、この春に中等部へ進級した際、堂々の学年次席でSクラスに所属となったばかり。次期中央委員会役員にとでも考えているのか、零人も彼には目にかけている。

「帝君じゃねぇと難しいぜ?」
「う…。だって、アイツが…くそっ」
「あ?」
「また嵯峨崎に負けたんだもん!何だよアイツっ!数学89点の癖に、他は満点とか!馬鹿にしてやがるっ」

とうとう、震えていた叶二葉が壮絶に笑い始め、今更その存在に気づいたらしい西指宿は目に見えて飛び上がった。

「は、ははは、何、相変わらずケルベロスは足し算が苦手か!あれで良く卒業出来たな!ははは」
「地理と古典で躓いてるテメェが笑える立場かよ」
「…は。俺は良いんだよ。ある程度割り切らなきゃ生きていくのに苦労するぜ、プリンセスベルハーツ?」

流石は数学の天才、何でもかんでも割り算で乗り切るつもりらしいが、その皮肉は今の自分にとっては割り切れるものではなかった。
あちゃー、と零人の肩に掴まっていた西指宿が目を覆い、ニヤニヤ笑う総帥は乱入者VS副総帥の凄惨な乱闘を肴に腰を振り、目も当てられない。


久し振りに再会した小憎たらしい叶二葉との初戦は、惨敗に酷似した不戦勝に終わった。

編入早々、風紀委員会を牛耳り編入三日目で風紀委員長の座を手に入れた男が、毎晩、初等科六年生の地下寮近辺を徘徊している事には、触れないでおこう。

息一つ乱さず意気揚々と腕時計を見やるなり去っていった男に、零人以外の誰もが呟いた。


化け物、と。







零人の卒業を経て、入れ替わりにABSOLUTELYを支配したのは、当然ながら新たな中央委員会長だ。何故ならばABSOLUTELYこそ、会長親衛隊の真の姿なのだから。

「退屈だ」

新たな総帥の口癖に、親衛隊らは青ざめた。この台詞が出た時は、ロクな事にならない。

「日本も本国と何ら代わり映えせんな。…セカンド」
「はい、此処におります」

包帯だらけでにこにこ愛想笑いを崩さない姿は流石だが、編入一年で魔王と称される恐るべき男を片手でいためつけた当の本人と言えば、

「まだ完治しておらんのか」
「申し訳ございません、数日で塞がるとは思いますが…砕けた骨は暫く懸かる様でして」
「そなたの美しい顔に傷が残っては忍びない。養生に専念せよ」
「有り難き御言葉、痛み入りましてございます」

まともな人間は確実に頭が痛くなる。
痛め付けた本人、その被害者の会話は白々しいを通り越して不気味だ。哀れ、中等部自治会長に就任したばかりの西指宿は、俺が可笑しいのか…などと遠い目で呟いていた。
可笑しいのは帝王院神威と叶二葉であり、決してお前ではないと心の中で同情一つ。

「何ぞ暇潰しはないか」

恐るべき台詞が放たれ、ひっと息を呑む一同を横目に退散した。こんな人格に異常を来しかねない場所ではなく、あそこに行こう。


あらゆる意味で、幸せな場所に。





「やァ、ピナタ」

カフェカルマの週末深夜は慌ただしい。
人相も性格も言葉遣いも悪いマスターの冷徹な眼鏡越しに睨まれつつ。
声も無く震えている赤毛をサングラスの下、唇に笑みを浮かべ羽交い締めにしている銀髪の男は、毛を逆立てる嵯峨崎佑壱の首元の見慣れないチョーカーを意味ありげに撫で、ふっと耳に息を吹き掛けた。

「はぅわ」
「ユウさん?!(;´д`)」
「総…副長!しっかりなさって下さい!」

顔まで髪と同じ色に染めた狂犬はビキッと音を発てて固まり、あわあわと寄ってきたオレンジ頭と青頭に宥められている。くわっと欠伸など態とらしい緑頭は、こちらを見ようともしない。興味がないのはお互い様、か。

「おいで」

招かれた手の中に笑みを浮かべながら収まった。優しい声音に、はしゃぐ無邪気な子供を演じた。心の内の投げ掛けたい疑問は一つとして、たたの一度として口から奏でられた事はない。

「今日は何の話をしようか?」

まるで全てを見透かした様に彼はそう、毎回、囁いて微笑み掛ける。それが如何に残酷なのか、知っていて演じているとしたら、彼は恐ろしい男だ。


自尊心高く、誰にも懐かなかった狼を飼い犬へ陥れた人よ。赤い赤い、首輪一つで全てを燃やし滅ぼす不死鳥を、うずらの雛に変えた神よ。


「日向」

畏れ多くも貴方が羨ましい。
畏れ多くも貴方が妬ましい。
恵まれた体格、それに比例した包容力、圧倒的な存在感、敗けを知らぬ威圧感、何も彼もが憧れ焦がれたものだ。

捨て猫にさえ等しく優しい人よ。
漆黒の髪を銀に変え、畏怖を与える意思堅固な双眸を覆い隠す人よ。理想の具現化、よ。


貴方を手に入れれば世界は変わるだろうか。
この身を犠牲にする事でしか交わる事のない脆い絆に縋る、哀れな生き物の。



まだ、悪夢は醒めない。










むくり、と。
起き上がった男は暗闇の中、目を眇めた。

夢と現の境を漂っているらしく、のそりとベッドから出る足取りはかなり覚束ない。

「…」

幾らか歩き、爪先に固い何が当たった。
唸る間際の狼に似た殺気めいた表情は闇の中、誰にも見咎められる事なく。

「あ?」

それがボトルだと気づくとほぼ同時に、ソファの上で横たわる人影を認めた。純白の穢れ一つないカーテンが靡く。淡い月光で辛うじて理解したのは、眩いばかりの金色。
眉間に皺を目一杯刻んだ彼は、それをどう理解したのか、真相は定かではない。

「…ンだ、こんな所に居やがったか」

珍しく柔らかな笑みを浮べた彼は、何の躊躇いもなくソファへと近寄り、死んだ様に動かない男を軽々抱き上げた。ふらふらとそのままボトルの山を掻き分け、転び掛けながら、再びベッドへ舞い戻る。

「あー…死ぬほど眠てぇ」

ベッドに優しく下ろした体躯を凶悪な眼差しで暫し眺め、何を思ったのか、彼はシャツを乱雑に脱ぎ捨てた。ふわっと欠伸一つ、

「起きろ。先に寝ちまった詫びだ、ぐちゃぐちゃにしてやる」

スラックスのカフスボタンを外しながら、眠る金髪の首筋に唇を寄せる眼差しは、らんらんと輝いている。
然し、襲われ掛けている当の金髪は小難しい表情で、寝息も微かに身動きしない。

「おい」

ベロリと鎖骨から顎まで一気に舐め上げた男は些か苛立たしげに目を細め、小首を傾げた。

「寝た振りじゃねぇのか?」
「…」
「…この俺が奉仕してやるっつってんのに、強情な女だな。はー面倒臭ぇ、もう知らん…」

ぱたり。
呟きながら半裸で崩れ落ちた嵯峨崎佑壱の下、うっと苦しげに息を詰めた眠り人は麗しい寝顔に苦渋を滲ませ、二葉死ね…と囁いた。首筋にしっかり歯形を残されている事も知らず、夢の中で魔王退治中らしい。

一方、先程までの恐ろしい表情をあどけない寝顔で染め替えた赤毛と言えば、苦しげにもぞりと寝返りを打つ日向をガシッと捕まえ、むにょむにょと何やら呟きながら、日向の背中に張り付いている。
鍛えた剥き出しの腕は無意識下の強靭な力を込め、ぎゅむぎゅむと日向の腹を絞め上げていた。

「死ね…種無し…」
「種無しスイカは邪道だろ…」

健全な男子校生の不健全な夜は、噛み合わない寝言の応酬を最後に更けていった。

翌朝、同時に目覚めた二人が互いのおよそ一般的ではない美貌を硬直したまま見つめ合う羽目になる事は、語るに落ちる事態だ。

日向の首筋に歯形を認めた佑壱が、総長譲りの華麗な土下座を繰り広げ始まる新たな朝はまだ、遠い。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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