帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

すこぶる高まるオタクコスモに釘付け!

「…賑やかな事だ」

久し振りの学園は、夜にも関わらず活気に満ちており、一足早い夏の熱気を運んでくる様に思えた。

「はー…。何処から何処までが学校なのか、自分には全く判りません」
「先祖代々継がれていた山を開拓した土地だ。広さだけは立派だが、施設自体はそう多くはない」
「こんだけ立派だったら充分ですって。…パンフレットに地下街が載ってるんですけど…、スパもあるんですか帝王院学園は」

貰った冊子を痙き攣りながら凝視している男に、車椅子に腰掛けた年嵩の男は顎を掻く。自分の学園を讃えられているのは、悪い気はしない。

「日夜、学びに疲労する子供らに少しの娯楽は必要だ。特に本校は、他のどの系列校とも違い、親元を離れ生活する事を強いている」
「そう言えば、日本各地に分校を広げてらっしゃるそうですね。廃校決定された学校を買い取っているとか、聞いた事があります」
「全部が全部ではない。プラスとまではいかずとも、ある程度の利益が見込める地域に限った話だ。…綺麗事ではないだろう」
「マイナス利益の商売なんか、商売じゃないですよ。人を救う病院だって利益がなけりゃままならない。少しでも子供達の為になってるなら、素晴らしい事業だと思います」
「…人の解釈だ。好きに評価してくれ」
「そうします。…それにしても、西園寺学園との交流会ですかぁ。…規模が凄すぎて、何と言ったら良いか判らない無骨な人間で、申し訳ない」

地下駐車場から地上へ上がるなり、夜の施設を好奇心の目で観察していた男は、そこで漸く「凄い」以外の台詞を口にしたのだ。
食いついていた冊子から目を離し、夜にしては明るい雰囲気を楽しんでいる様に見える。煌びやかなネオンの噴水も、道なりに足元を照らすイルミネーションも珍しげに見ていた。

「うちの病院より遥かに大きいあの建物、何ですか?サクラダファミリアの小型レプリカみたいですねー」

街灯があるとは言え暗い中で、彼の喜怒哀楽は酷く判り易い。名医と学会でも権威を持つ若い院長の身でありながら、医療の大工とも言う外科医の威厳は形もなかった。

「パンフレットにはティアーズキャノンって書いてるみたいですけど、暗くて説明が…老眼かなぁ?」
「敷地内の何処からでも見える建物が、校舎でございます。先程近くを通った、幾つかの白い建物の集合体。あれは学生寮、リブラの名があります」
「全ての施設にゾディアックの名がありますが、学園発足同時は方角を司る神獣の名で施設を呼んだそうです。今の名は、当時の名残」
「青龍は校舎、白虎が寮、朱雀は校庭で、玄武が校門を指していたそうです」

冷静な部下達の苦笑いの眼差しには、彼に対する警戒心も今は存在していない。同じく、久方振りの学園の空気に浸っているのだろう。

「ヴァルゴ…乙女座の庭園と、並木道かぁ。幾ら懸かってるのか、想像も出来ない…」
「校舎の建設だけで3兆、」
「失礼しました!言わなくて良いです!知りたくないです!」
「おや、そうですか?遠慮しなくて良いのに…奥床しい人ですねぇ、院長は」
「ははは…。にしても、どれもこれもお洒落だなぁ、流石はブランド私立だ」
「今は何にでも付加価値を求められる時代だからねぇ、学べる場所の提供だけでは、少子化文明の競争に勝ち残る事は出来ない。どれだけ投資してどれだけ稼ぐか、油断出来ないんですよ」

扇子で肩を叩きながら言う着物姿の男前は、黙っていれば精悍な顔に悪戯めいた笑みを浮かべ、いつ揶揄ってやろうかと目を輝かせていた。

「茶道家元じゃなかったんですか?経済学でも学んだとか?」
「私は東大理Vの出だよ。園芸が好きでねぇ、どうして農学部に進まなかったのか、卒業してから悔やんだものでねぇ」

東大、理系。日本最高峰の学部ではないか。名門医学部を卒業した医者だって、受かる確率の低い、難関中の鬼畜難関だ。海外の大学に比べたら列島内でのトップクラスには違いないが、それでも凄い。

「下の弟が経営者なもんで、ついつい耳年増になってしまう。私に出来るのは、お茶を美味しく煎れる事と、ベランダにトマトを植える事くらい」
「そ、そう」
「ただ、我が家は古びた日本家屋でねぇ。庭はあってもベランダがないのが残念です」
「そ、そうですか…それってまさかお屋敷だったり…。って言うか、何で寄ってくるんですか?ちょ、近い、近いっ」
「おや、遠野先生は患者を遠くから診察するのかな?」
「そりゃ、患者は目の前で診察しますよ。…って、だから近いって!」
「ふぅ。そうですねぇ、難関公立高校を優秀な成績で卒業、国内最高峰の医学部へ現役入学し、研修医になると同時に高校時代から交際していた美人のハーフと結婚した人だものねぇ…。ふぅ」
「ちょ、何で知ってるんですか?!」
「そう…、何の苦労もなく親の財を継ぎ、未だ哀れにも独り身な下々の人間など、顔を見るのも嫌だろうねぇ」

下々。どの口で言うのか。
怒りやら呆れやらで唸っている医者は顔を痙き攣らせつつ、冬臣を上から下まで観察し、

「下々ぉ?」

何を馬鹿なと言う顔で呟いた。お人好しな彼も、そろそろ免疫が付いてきたらしい。
おやっと眉を微妙に震わせた和服男は、然し産まれながらの鬼畜腹黒さで微笑みながら、

「今では総合病院として事業体になったと言っても、遠野の名は失われていない。そんな大病院の院長先生の前では、私など蛇の前の蛙、殺虫剤の前の害虫ですよ。いとおかし」
「そんな貫禄のあるゴキブリが居るか!わざとらしい!くそ、アンタと話してると頭痛が酷くなる…」

部下達が同情の眼差しで若い院長を見つめている。悲壮な表情で冬臣を睨む院長は、然しただでは引き下がらなかった様だ。

「でも、それだけ頭が良いんだろ。そこらのがり勉と違って、ムカつくけど嫌味の後味が違う」
「おや?それはまさか、私のワイルド・スパイシーな味わいにハマってしまった、と…?!」
「アンタの方が最悪だっつってんです!って、おい喜ぶな鬼!悪魔!ドエスが!」

扇子を口元に当て、嫌らしい眼差しで興奮する院長を眺める冬臣は、彼の罵声に満足なのだろう。罵られているにも関わらず勝ち誇っている着物姿に、誰が見ても院長の敗北は明らかだ。

「会長、あちらで何か起きている様です。生徒が騒いでいますが、どうも様子が」

一際賑やかな方向を指差した部下の一人に、肩を怒らせる院長をニヤニヤ宥めていた鬼畜が振り返る。

「おや、確かに…お祭り騒ぎとは違った雰囲気ですねぇ。ん?」

地上にあるアンダーラインの建物と、校舎の端を繋ぐ渡り廊下の下、集まった生徒達は皆、上へ向かって何やら叫んでいた。

「会長、あれを!」

部下の鋭い声で全員が顔を上げれば、渡り廊下の窓から身を乗り出し、今にも落ちそうな生徒の姿が飛び込んでくる。

「な、自殺する気か…?!」

真っ先に走り出した院長に、部下達も続いた。車椅子を慣れた手付きで操りながら自分もそれに続けば、騒いでいる生徒の一部がこちらに気付き、首を傾げている。

「これは何事なんだっ?」
「えっと、あの親衛隊達に追い掛けられたみたいなんですけど…」

小柄な生徒が指差す先に、落ちそうな生徒を離れた位置から呼び寄せる複数の生徒が居た。錯乱している彼らは此処からでも判るほど緊迫した声で、何やら叫んでいる。

「猊下っ、危ないからこっちに戻って来て下さい!」
「落ちたら怪我じゃ済みませんよ、天の君!」
「だだだだって!あそこにはゴキ…ラストサムライが居たんですのょー!チワワがぷちっと!チワワがぷちっと潰すなんてっ、ハァハァ、男らしいやら末恐ろしいやら!」
「もう大丈夫です、最近あんまり片付けてなかったんであんな状態でしたけど、クリーニング呼んでますから!」
「今夜だけ我慢して貰えば、猊下の部屋と変わらないくらいリフォームしますから」
「一人寝が寂しいなら陛下のブロマイドをお付けします、仮面凛々しいお姿ですよ!」
「要らんにょ!」

学園長は冬臣を見たが、彼は無言で首を振った。そうだろう、幾ら恐ろしく頭脳明晰だと言っても、この状況の看破は難しい。

「万一の為に、マットとか布団があれば持って来れないか?三階程度の高さからなら、緩衝材があれば助かるかも知れない」
「あ、多分要らないと思うんですけどねー…」
「どうしてだ?あの状況だと、下手をしたら首の骨を折って即死に至る事もある」
「え?!」
「オジサンはこう見えて医者なんだ。早く手を打たなければ…あ、危ない!」

小柄な生徒と話していた院長の目に、足を滑らせた生徒が映る。見ていた生徒らから悲鳴が上がり、辛うじて手で窓枠に捕まっただけの生徒が、ぶらぶら揺れる光景が見えた。

「しゅ、俊!大丈夫かい俊!」
「…え?」
「だーいじょーぶ、ょ〜。原稿と日々の携帯タッチで鍛えた右手だものっ、萌えるオタク力をフルパワーまで高めれば…っ、ぷはん。無理ィ、オタクのコスモはホモ的状況にしか高まらないにょ」
「馬鹿ー!諦めるな、腐男子ー!待ってろっ、マットと布団持ってくるから!」

涙目で叫ぶ少年が走り出そうとしたので慌てて止めたのは院長だ。青冷めた顔で少年と頭上の生徒を交互に眺める彼は、

「俊、と言ったか?まさかあれは、遠野俊なのか?!」
「え?!何で知ってるんですか?!」
「おや。それでは今にも潰れたトマトになりそうな彼が、貴方の甥っ子さんですねぇ、遠野院長」

にこにこ宣った冬臣を二度見した小柄な生徒、山田太陽のアーモンドアイが怪訝げに細められた。

「着物…」
「そんなに見つめないでくれないか、私の後輩君。私は弟達と違って何の面白みもない平凡な顔立ちだから、困ってしまうよ」
「平凡、じゃないと、思うんですけど…」
「ふむ、いたいけな青少年の視線を釘付けにしてしまう…。どうですか院長、私のワイルド・スパイシーな大人の魅力は罪だねぇ」
「喧しい、今は俊が優先だ!アンタは黙ってろ、叶さん!」

ピキッと凍り付いた太陽には気付かず、怒鳴る院長をひたすら揶揄いまくる和服は、上空の俊には目も向けていない。
暫し硬直していた車椅子の男がガタリと立ち上がり、威厳に満ちた無表情な面構えに、驚愕と歓喜を混ぜた色合いを滲ませ、

「しゅ、ん。俊。俊、俊!」
「大殿、御冷静に!」
「落ち着いて下さいませ会長!急に立ち上がられては、お体に障ります!」
「危ない、俊が危ないんだ…、誰か助けてくれ!ああ、俊が…!」
「大丈夫です、ご心配ないので御冷静に!…宮様っ、大殿をお願いします!」
「おやおや、困った御方だねぇ…」

暴れる主人を片手で拘束し、固まっている太陽をにこりと見やった男は、もう片手で太陽を手招く。

「君は彼の友人なのかな?ぶら下がってる、彼と」
「え?あ、はい、そうです」
「ああ、良かった。だったらこのまま何もせず見守っておくれ」
「…は?」
「私の調べでは、あれは私以上に人間ではないそうなんだ。協力してくれるかい?」

誰かが割れんばかりの悲鳴を上げて、振り向いた太陽の円らな茶の目が見開かれた。



一瞬一瞬、スローで再生されていく悲劇の光景。
窓枠を掴んでいた手が宙へ放り出され、重力になすすべなく落下してくる景色はコマ送りで、人々の目を奪う。


隼人と裕也が無表情で駆け出す光景。
手を伸ばす、絶望に満ちた要の膝から力が抜けていく光景。
両腕を広げた健吾は笑っているのか泣いているのか判らない奇妙な表情で、武蔵野は隠れる様に頭を抱えていた。


空中を舞う眼鏡が太陽の鼻先を掠め、アスファルトを跳ねる。


靡く黒髪が徐々に地面へ迫り、



「ああ」

和服の男が、獰猛な笑みを刻むのと。

「確かにあれは、人間では有り得ない」

静止画とも言えるコマ送りの世界で唯一、流れる様に身を翻し空中で体の向きを変えた体躯が、軽やかにアスファルトを踏み締める光景・を。

「…しゅ、ん」


確かにこの目は、見たのだ。



「お前さんは、ほんとに、人間かい?」

微かに笑う唇が、転げ落ちた眼鏡へ手を伸ばしている。表情の大半は、闇夜に煌めく漆黒の前髪が、覆い隠したのだけれど。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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