帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

萌に過去も現在もありませぬ

「かーなーめー」

まただ。
とうに呆れ果て、拒絶するのも馬鹿馬鹿しいと達観した現在、だから何と言う話ではない。
怒りより、己に対する憤りであるのは理解している。罪悪感は早々と自己嫌悪へ形を変え、毎日、毎日。

「はー、第三グランドから走って来ちった!いきなし雨降り出してさー、まいったぞぇ。2組は体育なかったん?」
「…」
「もうすぐ春休みっしょ。カナメ…ご、ごめん、図々しく呼び捨てして。カナちゃんはどっか行く予定あんの?」

チクリ、チクリ。
行く当てなどないと、暗に蔑んでいるのではないのか。自分の生い立ちを知っている癖に、馬鹿にしているのではないのか。考えるのはいつも、そんな疑心暗鬼ばかり。

「あ、正月の大河ドラマで有名になった神社知ってる?縁結びの御守り売ってんだって!興味ね?つーか好きな奴いんの?何処の学校の女の子?ま、カナちゃんより可愛い奴なんか居ないっしょ!うひゃひゃ」

煩わしい。
何故放っておいてくれないのか。いつの間にか当然の様に毎日、まるで親しい友人じみた面厚かましさでやってくる。

たった数日、一緒に居ただけの他人。
幼い頃は唯一無二と信じていた親友は、彼の傍ら、無言で責めてくる。


裏切り者、と。
言われている様だった。助けて貰った癖に恩知らず、と。責められている様だった。


「つーか教頭のハゲ、毎年カナちゃんと同じクラスにしろっつってんのに…。このまんまじゃ中等部まで離れ離れとか有り得そうっしょ!ガタブル」
「…」
「やっぱ学園長じゃねぇといかんなぁ。でも学園長って入院してんだよ。学園長のバアサン、体が弱くて引き籠もりなんだって。知ってた?」
「………煩わしい」
「ほ?何何、何か言った?ちょ、もっかい!もっかい言って!しもたー!聞き逃した!あ、そっか!理事長の手があったか!気付かなんだー!」
「煩いと言いました」

ピタリと動きを止めた朗らかな笑みが凍り、僅かな愉悦に浸る。少し離れた所で欠伸を発てたエメラルドの双眸が、冷たさを増した気がするのは、思い込みだろうか。

「大声で話し掛けないで下さい。耳障りです」

言い捨て、さして面白くもない本を閉じ、鞄から取り出したウォークマンのヘッドホンを掴む。暗に消えろと言うメッセージが伝わったのか否か、痙き攣りながらも笑顔を絶やさない少年は恐々と屈み込み、覗き込んできた。
シャツの隙間から覗く痛々しい傷痕は、見ない振りだ。

「か、カナちゃん、ごめん、静かにするから…」
「二度と話し掛けないで下さい。…言いたい事はそれだけです」
「カナちゃ、」
「ケンゴ」

久し振りに聞いた元友人の声は記憶より大人びて、学年一の長身が同世代の中でも群を抜いて浮いている。

「行こうぜ。昼休み終わっちまう」
「おわっ、ちょ、ユーヤ!引っ張んなって!」

苛々する。
ユーヤ、などと余りにも親しげに、愛称で呼ぶ権利を持つ他人に。苛立ってまた、自己嫌悪するのだ。
突き放したのは自分。命の恩人に感謝するでなく妬むなど、とんだお門違いではないか。

「あそこまで邪険にされて頭に来ねーのかよ」
「何で?本読んでた時に騒いだ俺が悪いっしょ。カナが思い出してくれるまで、絶対ェ諦めねっから俺。まず理事長室に突入してくるわ」
「二度と話し掛けんな言われてたじゃねーか。そして突入すんな、授業が始まる」
「何かねーか、喋らずに俺のフィーリングを伝えられる様な…こう、国籍が違っても通じ合える手段が………パントマイム…腹話術…か?」
「悲壮な顔だな、おい。手話ならまだしも腹話術はアウトだろ」
「あっ、顔文字があったっしょ!」
「アイツのメアド知らねーだろ。いよいよ筆談かよ、古風な小3だぜ」
「馬っ鹿、文通とか照れんだろ!(//∀//)」
「マジで顔文字が見えるぜ。どうなってんだよ、スゲーな…」


いらいら。
いらいら。
爪を噛むばかり、掴んだままのヘッドホンが小刻みに震えて、軋んだ。













「カナメ?」

呼び掛けられて大袈裟に肩を震わせれば、先を行く集団が随分離れている事に気づいた。立ち止まり不思議げに首を傾げている健吾を見やり、微かに息を吸い早足で俊の背を追い掛ける。

「オメ、何か顔色悪…ってシカトかよw(*/ω\*)」
「猊下!山田君ばかり贔屓しないで下さい!」
「ほぇ?」

健吾の脇を足早に通り過ぎ、跳ねる様に歩いていた俊の肩を掴めば、振り返った黒縁眼鏡の隣に居たのは隼人と俊の叔父であり、引き合いに出した当の山田太陽は俊のまだ先、和服姿の精悍な男と、ぷいっとそっぽ向いている叶二葉の合間だ。
小さい体を益々縮めている彼は要の声に軽く振り返り、何事かと片眉を跳ねていた。

「錦織ぃ、バ会長がホントに俺を贔屓してると思ってるなら、俺の後ろのデジカメの前でいっそストリップでもやってくんないかなー?」
「あらん?錦鯉きゅんのヌードはもう見慣れてますからん」
「ボスー、隼人君のが脂のってるよお」
「ふっ、モデルなんて骨と皮。一切鍛えた痕跡のない中肉中背だからこそ、ハァハァするんじゃない。判ってないわねィ」
「おや、帝君のお言葉は深みがある。私程度には理解不能ですが、対人撮影は許可がなければ盗撮と見做されかねませんよ」
「捕まってもイイにょ。大好きな親友の一挙手一投足をアルバムに収めたいと願うのは致し方ない人情だもの!二葉先生から受ける拷問なら、涙と涎を呑んで我慢しハァハァゴホッ」

ぶわっと涙を浮かべた傍らの身内は、俊とは全く似ていない優男風味な男前だが、涙目でガシッと太陽の手を掴むなり、

「うちの家系は代々友人作りが下手な、実に不器用な一族なんだ。それを、引っ込み思案で大人しい甥に、し、親友が居たなんて!うっ、兄さんが聞いたら喜んだろうに…!」
「むにゅむにゅむにゅ。叔父たま、チクチクするから頬擦りはノーセンキューベリィマッチョですん。さり気なく遠野家の闇事情をバラさないで下さるかね?」

痙き攣る太陽の手を握り締めたまま、すりすりと甥に頬擦りをしていた男は、笑顔の着物男から脇腹を撫でられ、光の速さで一番背の高い隼人の背後に逃げる。

「こんの…!年上を揶揄うなと何度言ったら判るんですか、アンタは!」
「おや?私は年甲斐もなく興奮している貴方を宥めようとしたまでだがねぇ。先輩を揶揄ったつもりなど、欠片もない」

気品溢れる堅気離れした笑みを浮かべる男に、ビクッと竦み上がったのは二葉以外の全てだ。
ギュッと縋り付いてくるオッサンが俊の身内である為、そうそう邪険にも出来ない隼人と言えば、オロオロしている要のシャツを掴み無言で救いを求めたが華麗に無視された。

「…カナメちゃん、本気でいっぺん犯すからあ」
「黙れ息をするな消えろ目障りだ」
「おや青蘭、暫く見ない内に言葉遣いが悪くなったねぇ」

ゆったり、まるで父親の様な声音で要を一瞥した男に、一瞬目を見開いた要はすぐに沈黙する。チラリと要を見やった俊が、デジカメのフラッシュ一発、太陽の右手を掴んでいる男の手首にオタチョップをカマし、ビトっと二葉の腰に引っ付いた。
余りの早技に、二葉以外反応出来ない。

「おじ様、オタクをナンパした真の理由はそれだったんですか!稀代のナンパ師め!」
「ん?何の話だろう、遠野帝君」
「オタクを隠れ蓑に、二葉先生やら錦鯉きゅんやら片っ端から美人系にモーション掛けまくる心意気や良し!でもでも、浮気癖が抜けるまで気安くうちの子に触らないで欲しいにょ!」
「いやいや俊、お前さんは本気で何を言っちゃってんの。誰がいつお前さんの子供になったんですか、おい」
「こちらのタイヨーさんと言えば、我が一年Sクラス期待の星!否、期待の太陽!」

キッ、と分厚い眼鏡を鋭く光らせ、乾いた笑みを滲ませている太陽に鼻の下を伸ばしつつ、

「こちらの中央委員会生徒会計&風紀委員長であらせられる叶二葉先生の、」
「正式には総務部風紀局統括局長ですよ、天の君」
「はふん。そんなに長いにょ?知らなかったァ」

二葉の脇腹でもじょもじょと恥ずかしげにクネるオタクを皆が凝視するばかり、擽られても平然としている二葉と言えば、俊を引き剥がそうと恐々手を伸ばした太陽を認め、眼鏡を押し上げる。

「只今ご紹介に預かりました、帝王院学園高等部随一のセクシーダイナマイツ、叶二葉です。趣味はけん玉、特技は猫を頭の上に乗せる事」
「アンタの場合、人を手玉に取る、猫を被るでしょうが」
「おや、流石は山田太陽君。私を正しく理解してらっしゃる」
「きゃあああぁあああああ!二人の間に目では見えない腐眼鏡には見える萌オーラが見えるにょ!ハァハァ悔しいっ、でもご馳走様ですハァハァ!」

二葉から光の速さで離れたオタクは、さり気なく半分寝ている裕也の股間にタッチし、叔父を貼り付けている隼人の胸を揉み、吃驚している健吾に抱き付いた。驚愕の早技に流石の叶当主も唖然としているが、眉間に皺を寄せ頭を抱える遠野院長と言えば、

「益々姉さんに似てきたな…。俊、折角目つき以外は兄さんに似たんだから、キャラ設定を見直した方が良いんじゃないか………って、え?」

皆の視線を浴びた男は、蛍光灯の薄明かりの向こう、廊下の果てを横切っていた人影に目を見開いた。

「こんにゃろめ、母ちゃんに似てきただなんて失礼こと言わないでちょーだい!うちの母ちゃんがどんな母ちゃんか知らないとは言わせないにょ!失礼しちゃうわ!」
「へー、俊のお母さんてどんな人だろ?」
「妖怪若作りドメスティックババアですのょ、ハァ」
「国内線かい。バイオレンスと言いたいのは判った」
「きゃ!以心伝心☆今夜もタイヨーの突っ込みはキレキレでございます!」
「ありがとー」
「秀隆、さん…?秀隆兄さん?!待って、兄さん!」

弾かれた様に走り出した男に、皆が呆然としている。ハイタッチを交わしていた二匹がビクッと竦み上がり、眼光を鋭くさせた和装の長身も続いて駆け出す。

「二葉!お前達は時計台に向かいなさい。良いか、必ず彼を学園長の元に連れて行くんだ!」
「待って下さい、どう言う状況なんですか兄さん」
「兄さん?!」

二葉の言葉で跳ね上がった要以外の全員、主に太陽は、遠ざかる背中と二葉を何度も見比べパクパク喘いだ。

「…紹介が遅れましたが、長男の冬臣です。他にもう一人、貴方も面識はありましたね」
「ま、待って、あっちはそっくりだったけど…ええ?!今の人もお兄さん?!」
「タイヨータイヨー、携帯貸してェ。ブログ更新したいにょ」
「や、何か腹黒そうなとこは似てる、かも…」
「何か仰いましたか山田君。…然しながら、改めて感心しましたねぇ」

唖然と走り去った二人を見送る一同の中、ハァハァ鼻息荒く借りた太陽の携帯を匂う変態は、近頃益々変態に磨きが掛かっている。

「貴方にはまるで動じた気配がない。いつもの様に振る舞っているつもりでしょうが、全くの別人に見えて仕方ないんですよ」
「はい?何、何の話してんの?」
「ふふ。いや、君も違和感があると言えばあるんですがねぇ?今は君よりも、遠野会長が気になって仕方ない。…何とまぁ、誰かにそっくりな匂いがするんです」

素早く手を伸ばした二葉が、俊から携帯を奪おうとして後ろへ飛び退いた。無意識の行動だったのだろう。笑みを消し呆然と目を見開いた男の眼鏡がなく、隼人が瞬いた。

「あは。…ボス、いつの間に眼鏡変えたの?」
「似合うかしら!いっぺん二葉先生の眼鏡を掛けてみたいと思ってたにょ!ウフン、これからは腐男子もオシャレ気分の時代ざます」

無表情、だ。
二葉のシャープな眼鏡では全く隠し切れていない男の、台詞とは真逆にその瞳は、何の光もない。

「ボスだよねえ?中身だけ変わったなんて有り得ないよねえ」
「あら、やだ。これだからチミは苦手なのょ。獣並みに勘が鋭過ぎて扱い難いんだもの。でも、俺ァ嫌いじゃねェぜ」

呟きながら隼人を見上げた漆黒の双眸。無意識に手を伸ばし掛けた太陽の目前で、


「…我が子ら、この様な夜更けまで役員召集か?」

闇から溶け出る様に姿を現した金髪の美貌に、硬直したのは全員。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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