帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

青春アンラッキー憎き我が身の肉!

思い返さずとも、その日は運が悪かった。
森羅万象から見放されていたと言っても過言ではない。


朝いつもの様にカーテン全開の窓辺で目覚めた時には、喉がチクチク痛み掠れた声しか出ず。愛用の毛布は大股三歩を要する距離で、犯された町娘の有様だった。クリーニング帰りにも関わらず。

朝食に選んだエビカツサンドは注文ミスでカツサンドが運ばれ、齧った瞬間、口一杯に広がった辛子の風味は今も鮮明に覚えている。
夢中で掴んだペットボトルは掴み慣れない感覚。
それに気づく余裕なく半泣きのまま、口直しにマヨネーズ一本、豪快に飲み干した。…健吾の持ち込んだマイマヨが辛子に続いて喉を直撃し、吹き出した先には要の涼しくない顔。
甘んじて殴られれば、驚きの余り表情が固まったらしい山田太陽から渡された湯飲み、ほんのり温い茶を飲み干した直後の一言。

「にっが!…てんめーは年寄りかっ」
「え?濃茶二倍抽出、気に入ってるんだけど…美味しくないかなー?」


色んな意味で泣ける朝だった。


携帯にはマネージャーからの嫌味メールが五件。着信履歴はその五倍。
更に、朝一の速報がスマホ画面を駆け抜けた日には、オンラインのニュースアプリを解除し二度寝してやろうかと。


ちわにちわん!
豪快な寝癖そのまま唐揚げうどんを啜り、眼鏡を爽やかに曇らせる男が引きこもっていた懲罰棟から復帰していなければ、フラストレーション爆発で今度は自分が放り込まれていたかも知れない。

「ねねユーヤン、西園寺生徒会の誰にハァハァした?僕は山、」
「言わせねーよ!」
「やっぱり山田太陽しか愛せない!」
「金髪しか覚えてねーぜ。ぼやっと、居た様な居ねー様な」
「アシュレイ君ね。あの外見であの存在感の薄さは侮れないにょ。ふぅ、実はまだメアドしか聞いてなくて…」
「いつ入手したんスか、侮れねーぜ」
「…イイわよ。こっそり横流ししてあげるからワンコっぽく攻めてェ!ハァハァ、彼しつこくされたら断れないタイプじゃないかしら…襟足長めだから、首筋が弱いわね!」
「殿、何処でテク磨いてんスか。怒らねーから正直に、オレらの目ぇ盗んで何人と寝たんスか」
「主にBLゲームでしょうか…。最近は睡眠時間も妄想時間も足りてないにょ。お肌に悪いなりん」

天然B型の会話に入れないAB型と言えば、充電率20%の危ういスマホを意味もなく眺め、

「くっそー、いつの話って感じー。あんの新人読モ女、いっぺん寝ただけでチクリやがってえ」
「あん?またタレコミかよw(´p`*) 今度は何処のテレビ局?(´艸`)」

俊には聞こえない様に気遣った呟きで、人の不幸を喜ぶ人型の猿を睨むのも面倒臭く、敢えて余裕を窺わせるスマイル一つ。

「ふ、君の大好きなフライデーですよお」
「ワォ!そりゃ最高のステータスっしょ(=゜ω゜)ノ」

蜜柑色の猿の赤くない尻を笑顔で蹴り上げ、悶える光景で溜飲を飲み下した。


トップモデルのスマイルは、安くないのだ。





囂しいマネージャーの連日に渡るお叱りメールは、最近殆ど泣き落としへと変化している。
体調不良を理由に長々サボタージュ中のモデルなど、とうに見限って良い頃合だろうに、人が良いのか悪いのか。

大枚を惜しまないクライアントが望む限りは、多少の我儘は許されると言う事か。



それはともかく、長期に渡る無断欠勤が天罰を下したのだと気づいた所で後の祭だと、神崎隼人15歳は悟りながら脇腹を押さえた。


「…待て待て待て、痛、脇腹があ、ちょー痛いー。はあ、ふう、どうしよー、隼人君のあらゆる内蔵がー、飛び出しちゃうよお」
「あー、そりゃ有名な難病中の難病っしょ(つД`) ご愁傷様(´・ω・`)」
「末期の運動不足とか。ジジイかよ」
「やだー、まだ死にたくないー、はあ、はあ…ごほっ」
「時に藤倉医師、主食がいなり寿司とエビフライの患者に手の施し様はありますか(*´∀`) 現代病に愛される優良メタボ予備軍ですがw」
「走れ宇宙染患ハヤト、糖尿病で死にたくねーなら鍛えるしかねーぜ。それか断食」
「どっちもいやー」

咳き込む艦隊の映像が脳裏を過ぎり、歯を食いしばって両手両足を振り上げる。

然し、俊に触発された連日の暴飲暴食と、桜の作る宝石みたいな金平糖とイチゴ大福の効果は、ある意味絶大だった。凄まじい影響力が身に染みる。
そもそも性格的には気長だろう隼人には体力面の持久力がなく、疲れるだけの体育祭よりも文化祭の屋台の方が合理的だと信じて疑っていない。

「もお…むりー」
「まだ800メートルくらいしか走ってねぇって(´`)」
「追い込んでんなケンゴ、コイツ100メートル9秒後半だぜ」
「あーね。良く此処まで頑張ったっしょハヤト(A-`) 兄ちゃん感激したぞぇ(ノД`)゜。」

完全に隼人を馬鹿にしている二人に、怒鳴る余裕は1ミリもなかった。
金髪の庶務が現れた瞬間、凄い顔色で脇目も振らず走り出した張本人と言えば、普段の冷静沈着な優等生振った中性的な細身の体躯からは想像も出来ない駿足で、遥か前方を爆走している。

息一つ乱していない眠たげな裕也と、泣き真似しながら騒いでいる健吾は恐らく本気を出しておらず、半ば隼人を揶揄う為だけに併走しているのだ。

一昔前ならオリンピック候補確実だったろう駿足も、消費税二桁の現代では亀だ。ガメラの方がどれほどマシなのか。
猿にも勝てないガメラ。…畜生。

「ち、くしょ…!ダイエットなんか…ダイエットなんかっ、して堪るかー!お腹いっぱい食べたいのー!食べるくらいしか楽しみがないのー!」
「カイチョーに嫌われたくない一心で酒も煙草も卒業し(つД`)」
「殿が入学した所為で習慣だった夜遊びも出来ず」
「今や夜10時には就寝(((´д`)))」
「最近じゃ携帯の充電も忘れる始末」
「「うっ」」

何でそこまで知ってるんだ悪徳パパラッチか、泣きたいのはこっちだハゲ、と。
痙き攣る笑みを浮かべ声なく涙する隼人が崩れ落ち、敬礼の様に額へ手を当てた二人は、殉職した仲間を偲ぶ軍人じみた精悍な表情で、

「「お前の死は無駄にしない」」
「はあ、ぜえ、勝手に殺すな、はあ、ごほっごほっ。死ぬー」

朝から調子の悪かった喉からはもう、苦しげな咳しか出ない。あっと言う間に奴らは見えなくなった。
速すぎる。格が違い過ぎる。

「うう、ボスには死んでも見せらんない…ぐす。レイザップ通おうかなあ…めそ」
「ロボコップに通ったら鋼のボディが手に入るかしらん」
「がっちがちムキムキ憧れるわー。最近エッチしてないから腰回りのお肉が気になって…あ?」
「エッチするとお痩せになるにょ?あらん、愛の営みはカロリーを消費するのね。おじさんイイ勉強になったにょ」

ぷにょ。
ベルトの上にライドオンした下っ腹を揉みながら、ゴロゴロと隼人の隣を転がっている銀髪を認め、硬直したのは数秒。
声にならない絶叫を枯れた喉の奥に辛うじて押し留め、素早く辺りを見回し、ふらつきながら立ち上がった。

「んなっ、なん、何やらかしとるんじゃ、あほー!」

脇腹が痛いなどと言っている場合ではない。ムカつく健吾らを追い掛けている場合でもない。要のあの表情を思い浮かべる暇も、皆無だ。

「やだー、こんなアホに成績で負けてるなんてー!」
「えっと、あにょ、何か…ごめんなさいまし?」
「謝らんでよい、惨めになる!えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」
「むにょ」

大勢の気配が近付いてくるのを察知し、死に物狂いで俊を羽交い締める。ずりずり引き摺って近場のベンチの下に押し込み、ドカッと上に腰を下ろす。

「あっ、あそこに座ってらっしゃるのは星河の君だよ!帝君でなくなられても、やっぱり素敵」
「さっきの人もそうだったけど、帝王院はカッコいい人が多いんだね。彼も親衛隊がいるの?」
「えーっ、知らないの?!西園寺じゃテレビも見ないとか?!彼、有名なモデルなんだよ!」
「ごめん、テレビは為替変動速報しか見ないから」

顔立ちの整った西園寺の生徒に、帝王院の生徒が数人張り付いていた。世間話を装って目を光らせる帝王院生に、世間知らずの西園寺生は大丈夫なのか。
危なげな集団が間違っても話し掛けてこない様に、内心の狼狽を不機嫌顔を装い隠してみる。
それが功を奏したのか、そもそも隼人にさほど関心がなかったのか、呆気なく遠ざかる集団を見送り、神崎隼人はベンチの背凭れに崩れた。今度こそ立ち上がる余力はない。

「パヤティー、隠れんぼは今度にしましょ」
「やっかましい。大人しくそこで反省してなさい」
「モテキングさんが反抗期…!遂に地味平凡ウジ虫オタクをとことん苛めて、首吊らせるつもりなんだわ!きゃ!」
「ねえ、本気でいっぺん殴ってよい?」

隠されている事は判っているのだろうが、そう夜中にデカい声を出されれば無意味だ。何の為に隼人が死にかけているのか、…まぁ、全力疾走は確かに俊の所為ではないとしても。

「優しく…肉をえぐる様に急所を狙いなされ。否!優しさは萌を殺す!手加減無用!この怠惰な贅肉の塊を全力を所望するでござ候!ハァハァ」
「もうよいです、ごめんなさい」
「期待させるだけさせて…冷たい子!もさいオタクなんて絶好の憂さ晴らし対象じゃないっ。苛めなさいよ!罵りなさいよ!その優しげな垂れ目は何の為にあるのっ、メンヘラ真っ青なヤンデレ攻めだからでしょハァン!」
「垂れ目は生まれつきだし実は隠してたけど体脂肪2%増えてるしメンヘラに爆弾贈られてきたことあるけど、ヤンデレほど酷いことはされたことしかない」
「ハヤつん、何って言うか…お疲れ様です?」

泣けてきた。
足の間から顔を覗かせた眼鏡…それも玩具じみた黄縁の星型サングラスと、ズレた銀のウィッグ。
此処が山奥の私立校でなければ。繁華街の中心であったなら、だ。

「…所でおじさま、何処の舞踏会に行くつもりなのー。お願いだから、そのだっさいグラサンは捨てなさいねえ」
「何か寂しくなっちゃったのょ、アタシ」

ハァ。寂しく溜息を吐いた俊のカツラを取り上げ、ぱんぱんと汚れを払う。

「ロンリーの方?」
「そうなの、アローンの方なの。45年ローンの方はまだ通らないもの…」

煉瓦敷きの上で寝そべったまま腕を組んでいる俊は、狭いベンチの下で胡座を掻いている様だ。誰も居ない事をもう一度確認し、俊の脇の下に手を突っ込み、擽ったげにクネった体を引っこ抜く。

「だからってそれはダメでしょ、それはあ」
「目立てば、食い倒れ人形みたいに誰か構ってくれないかしらって思ったにょ。萌えてる内に置いて行かれちゃって、寂しかったのょ」
「…あのねえ、どっちにせよ、ちょー目立ってっから安心しなって。どんな格好してたって、いつだって、お宅ちょー目立ってっから」
「本当にオタク超目立ってますん?」
「ほんとほんと」


繰り返すが、今日は本当に運が悪い。
学園内に限り果てしなく手の掛かる飼い主はただでさえ有名人で、カルマの総長だとバレたらどうなるか、判っていない筈がないのだ。
つまり、隼人を揶揄った言動。狼狽える飼い犬を見て喜ぶ、趣味の悪い悪戯だ。


「もー、そこまで来たら生まれつきの才能だねえ。芸能界向いてんじゃない?」

辿り着いた答えに怒る気力も、下らない暇潰しにノッてやるつもりもなかったので、台詞は投げやり気味に。

「ホント?スカウトされちゃうかしら」
「はいはい、元4区ナンバーワンホストが白々しい事ゆっちゃってえ。スカウト経験くらい、あんでしょー?」
「ホストのお仕事は一夜の夢だもの。一瞬だけのオンリーワン、すぐ忘れられちゃうにょ」
「よいじゃん、芸能界なんか使い捨てカイロの集まりさー。楽屋じゃデカい顔してるさあ、大御所なんて呼ばれてる奴らの大半、顔も知らないんだよー」

その時、微かな違和感には気付かなかった。
いつもならば有り得ない失態だ。有り得ない失態を有り得てはならない時に起こすから、人は誰しも後悔するのである。


「…あーあ。久し振りに走ったら超くたびれたあ。青春気取りなんて、馬鹿みたいだねえ」
「そうかしら」
「そう決まってんのー」

本当に、運が悪いとしか言えない。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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