帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

腹黒大王を鎮めるには清めたメスを☆

無表情、無愛想と言った方が正しいだろうか。だが不機嫌ではないと言う難しい表情の持ち主は、静まり返った室内の温度を二・三度低める堅い声を絞り出した。

「一人で戻った仔細を微細漏らさず聞かせて貰おう、龍の宮」
「はて、大殿にはお世話になった院長の姿がお見えにならない?」

晴れやかな笑みを浮かべ、放心している一般人の肩に腕を回している和服男と言えば、雇い主の冷ややかな眼差しを真っ向から受けて冷静だ。

「私の俊はどうした」
「いつから天の君は宮様のものになったのでしょう?弟は兄の物と相場が決まっていますが、孫は…どうでしょうかねぇ。私に種があれば実践しましたが、残念ながら空砲で」
「連れてこいと命じた筈だ。お前が私をあの場から追いやった事を、よもや忘れた訳ではあるまい」
「そうでした。今にも落っこちそうな天の君に、いつもは冷静な大殿のお顔が凄い状態になってましたから…お労しゅうて、言葉もありませんどしたえ」

眉をピクリと動かした男は、四畳半の大多数を占領している炬燵の上のオレンジを掴み、これまた無愛想な顔で投げつけた。
避けた和服に肩を抱かれていた哀れな一般人の額に、瑞々しい果物がぶち当たる。

「おやまぁ。いけませんよ宮様、食べ物を粗末になさって。それが財閥を統べる御方の行いですか」
「私はもう会長ではない」
「また屁理屈を仰る」
「…とりあえず二人共、謝って貰えませんか」

地獄の淵から這い上がる様な声に、大人げない二匹はピタリと停止した。
小刻みに肩を震わせながら額を押さえる黒髪の隙間、恐怖の眼光が睨め付けてくる。それはもう、ヤクザも逃げ出す目つきだ。

「院長、今のは患者の些細な悪戯ですよ?そう目くじらを立てず、ね?」
「餓鬼ァ」

苦手にしていた叶冬臣を一喝で黙らせた男は、笑っていない漆黒の眼差しを眇めると銀の刃を取り出した。鋭く尖ったそれはナイフやカッターではなく、もっと切れ味鋭い、メスだ。

「悪い子には手術が必要だ。さァ、何処から切り刻もうか…まずは、両手両足かァ?」

本気だ。
この遠野直江と言う優男。いつもの気弱さが微塵もない。目が血走っている。

「どうやら…メスを握ると性格が若干、お変わりになられる様ですねぇ」
「…冬臣、これは若干か?」
「そうだ。唇を二枚に下ろして、瞼の上に縫い付けよう…。少しは可愛くなりますよ、帝王院さん、叶さん」
「「申し訳ありませんでした」」

素早く並んで土下座した二人に、ブリザードを吹雪かせる男はメスを離そうとせず。ビクビク仁王立ちしているマッドドクターを窺っていた二人は、ガチャリと開いた戸口を振り返る院長を認め、天に感謝した。

「武蔵野が大変なんだよーっ、しゅーん!…へ?」
「…山田君?」
「俊の叔父さん…ヒィ!そっ、それ?!」
「ん?あれ、何でメスなんか持ってるんだ?危ない危ない」

全力疾走で駆け込んできたらしい少年に、ぱちぱち瞬いた院長は我に返った様だ。握っていたメスをハンカチに包み、革のケースに入れて鞄に仕舞い込む。
一安心した土下座二匹は背を正し、シニア世代しか居なかった狭い空間に現れたヤングを手招いた。

「時の君、蜜柑は季節外れなのでオレンジを用意しているよ。お茶はどうだい?表千家と裏千家から選びなさい、オススメは龍の宮流ふゆちゃんブレンド」
「え?それって抹茶?って言うか、お茶の点て方の違いしかメニューに含まれてないやないかーい」
「彼は誰だ。私の記憶に該当しない生徒らしいが…」

無愛想に呟いた男に、恐々と招かれるままオレンジを受け取った太陽は瞬いた。

「大殿の記憶は十年前の在籍状況でしょう?確か彼は外部生で、十年前はまだ学園に在籍していません」
「そうか」
「院長がヒントを出したのに気付かなかった様ですが、彼は皇の末裔の様です。次期当主ですねぇ」
「…これが大空の?」
「因みに長らく空席だった左席委員会の現副会長であり、天の君の心の友と書いてマブダチだそうです」
「何と!知らなんだとは言え、何たる失態」

何処かで見た事のある顔だ、と。考えてすぐに、平凡は思い当たった様だ。

「がっ、ががが学園長ーっっっ?!」
「ががが学園長ではなく、帝王院駿河と言う。何卒よしなに、一年Sクラス山田太陽君」
「は、はい、初めまして…って事は、カイ君のお祖父さん?!えっ、入院してるんじゃ…、顔似てないけど口調が似てる!」
「落ち着きなさい。宮様…学園長は確かに戸籍上、私の弟を独占している憎らしい男の祖父には当たるが、血は繋がって…いるのかどうか、これが最大の謎でねぇ」

困った様な口調の割りに鉄壁の愛想笑いを浮かべた男は、驚きの余りあわあわしている太陽を素早く抱き寄せ、同じく早技で膝に乗せ、ちゃっかり撫でている。
一連の動作を見ていた院長は崩れ落ち、甥っ子の友達をセクハラの魔の手から救えなかった事を、全身で後悔している様だ。

「おのれ叶冬臣…!アンタが搬送されて来てもうちの病院だけは最後まで受け入れ拒否してやるからな!」
「おや。妹を救えなかった藪医者の息子の病院に係ると思ってらっしゃったんですか?」
「よせ、冬臣」

鋭い叱責に口を閉ざした男は、撫でつけた黒髪をわざとらしく掻いて、俯いた院長から目を離す。
膝に乗せられている太陽と言えば、話が理解出来なかった為に、何故いきなり険悪な雰囲気なのか焦りながら考えた。だがやっぱり、判らない。

付き合いの浅すぎるほぼ他人と言って良い大人達の沈黙に、哀れ平凡15歳は涙目で固いオレンジの皮を剥く。
武蔵野に庇われる形でエレベーターに押し込まれ、何が何だか判らないまま駆け込んだ庶民愛好会室には、庶民はきっと、自分だけだ。親近感漂うヘタレそうな俊の伯父は、地区最大総合病院の院長だから、ちっとも庶民じゃない。

「…酸っぱい」

爪先を健吾の髪と同じ橙色に染めつつ、剥いた果肉を口へ放った太陽の素直な感想は、きゅっと窄まった唇からうっかり飛び出していた。
そこで漸く動き出した大人達の視線を浴び、小さい体を縮こまらせる。

「す、すいませ…!ご厚意を台無しするつもりでは…!えっと、えっと、酸っぱくてホントに美味しいです、はい。オレンジ最高!あはは…」

The・台無しだ。
一年Sクラス21番は墓穴と言う穴があるなら今すぐ飛び込み、埋まってしまいたい程度には青ざめた。
それを見ていた三人と言えば、お互いに顔を見合わせ、へにょりと相好を崩す。親子ほど年の離れた少年に気遣わせた事態に、それぞれ自責を感じたのだろうか。

「今のはどう繕おうが私の失言だね。申し訳ない、遠野さん」
「いや…こちらこそ、医者として許されない発言を撤回させて下さい」
「ふむ。冬臣、茶を点てろ。副会長には抹茶ミルクを」

仲裁役を買って出た学園長の台詞で、漸く場の雰囲気が和らいだ。目に見えて安堵の表情を晒す太陽に気づいた学園長は、じっと太陽の額を眺める。
それに気づいた太陽は肩を震わせ、かち合った視線を逸らすタイミングを失っていた。

「宮様、それ以上にこにこなさると彼が恋に落ちてしまいますよ。若い頃は年上の魅力に弱いものです」
「ちょ、二葉先輩のお兄さん?!恋って?!つーか、にこにこ?!学園長のどこがにこにこしてるんですかーっ」
「おや、ほら微笑んでるじゃないか。鼻の下が伸びてる大人には近寄ってはいけないよ、これは忍の掟だ。判ったかい?」
「鼻の下?!…どっから見ても睨んでますよ?百歩譲って睨んでないとしても、凝視してますよねー?っつーかシノビっ?俺は平凡な高校生ですっ、手裏剣なんか持ってませんけど!」
「ははは、そんなに揺するとオジサンの脳味噌が溶け出してしまうよ、ははは」

ぎゅっと着物の襟を握りガクガク腹黒大王を揺さぶる太陽に、キラキラと目を輝かせたのはヘタレ医者だ。学園長と言えば、白髪混じりの髪を垂れ、無愛想な顔でしょんぼり肩を落とした。

「私はそんなに意思表示が下手か?昔から何を考えているのか判らないと言われ続けて来たが、そうか…妻以外には…文仁も…冬臣でさえ最初は…そうだったな…」
「が、学園長、あっあの、ごめんなさいっ。学園長を見てると、同じ様な病気…ごほっごほっ、勘違いを受けてたって言う友達を思い出しちゃって…っ」
「その友達は私の様に話した事もない女性から婚姻届を渡されたり、不可思議な柄の背広を着た人相の悪い男らから拘束を受けた経験があるのだろうか?」
「え?!そんな目に遭ったんですかっ?…えっと、確かしゅ…ごほんっ、俺の友達は、」

通りすがる野良猫から威嚇され、土佐犬が逃げ出し、赤ちゃんがサイレン並みに泣き出し、不良チンピラ警察官から軒並み声を掛けられた挙げ句、殴られるかパトカーに乗せられそうになるか最悪の二択。
学園始まって以来の極悪帝君、紅蓮の君には出会い頭で殺されそうになり、蚊も殺せない性格であれよあれよと不良チームのトップに祭り上げられ、断れないチキン性格故に必死で慣れない総長ライフ。

携帯、服、ヤンキーはお金が掛かる為あっちこっちでアルバイトしつつ、とある趣味と電撃対面した今は不良引退。恨みを持っていた極悪魔神総長に探され涙目。
当時の貯金をせこせこ切り崩し趣味に走りながらも、奨学金を得て進学。お腹いっぱい食べられる事を仏様と萌神様に祈りながら、うどん定食ミックスフライ定食、締めに唐揚げ定食とカツサンド、スープ代わりの特盛り醤油ラーメンを完食。

無愛想&目つき凶悪だから眼鏡は欠かせないけど、うどんやラーメンを食べる時はもれなく曇って大変です。メンマが暫く張り付いていた黒縁∞号は、一時間後のおやつの時間まで曇ってました。

「「「…」」」
「そう言えば、今日はいつもより食欲がなかったなー」

黙り込む大人達を余所に、ふと呟いた太陽は眉間に皺を刻んだ。いち早く復活したらしい腹黒大王の扇子の先が、チョイチョイと太陽の皺を叩く。

「所で、その天の君は一緒ではないのかな?」
「何で俊だと判ったんですか?!」
「んー、そうさな、年の功かねぇ。私達と離れた後に用でも?」
「あ、いや、俺…僕は拉致…いやいや誘拐…えっと、帝王院理事長に呼ばれて、さっきまで二葉先輩と一緒だったんです。あ、理事長って学園長の息子なんですよねー」

凍り付く音。
幻聴を聞いた気がする太陽は、炬燵の縁を掴み震えている白髪混じりの黒髪を無言で見つめる。何か悪い事を言ったのだろうか?
理事長が神威の父ならば、イコール学園長の息子ではないのか?帝王院帝都と帝王院駿河、同じ名字だ。ただの勘違い?セレブには難しい事情がある?

「あのっ、余所様の事情に顔突っ込む様な真似して!」
「…俺はキングより年配に見えるか」
「えっ」
「大殿、品性を疑われる一人称はお控え下さい」
「黙れ龍の宮、俺はまだ…還暦を少々過ぎただけの言わば初老だろう?30年前には即位30周年を迎えていた男爵よりヨボヨボか!」
「あっ、あのっ」
「ご冷静に。そんな大声を出されますと、宵の宮が血相を変えて飛び込んで来ますよ」

狼狽える太陽の旋毛を、扇子の先でグリグリ掻き回した男は酷薄げな笑みを浮かべ、痙き攣る医者にウィンク一つ。

「宵の宮が?よもやもう調べ上げておったとは…」
「おや、この私が弟に遅れを取る筈がないでしょう?あの子はお馬鹿ちゃんですからねぇ、IQ220とIQ360の差が狭まらない限り、宵の宮は、月の宮にも適いません」

何だか判らないが焦臭い話なのは判る。IQ360なんか有り得るのかとあわあわしている太陽は、頬を扇子の先でプニプニ突かれ、唇を尖らせたり戻したり遊ばれていた。
が、嫌がる勇気はない。二葉兄の腹黒さは、弟より数十倍ヤバそうなのだ。

「単純回答。宵の宮の目的は、君だ。山田太陽君」
「ひょえ、俺?!ヨイノミヤって誰ですかっ?」
「定義1、下院特例により左席委員会への風紀執行は禁止されている。従って顧客命令。定義2、向こうには君の学籍証明しか把握出来ていない。故に、私達の居場所を知る筈がない。今は焦っているだろうが…あな愉快」

厄介事を持って来たね、と。笑った男の双眸は、真冬の空の様だ。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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