帝王院高等学校

陸章-刻まれし烙印の狂想曲-

両家仲良く☆珍プレー好プレェイ!

憎い。
憎い。
世の全てが憎い。


悪魔が生きているのを視た。
また大切なものを傷つけようとしている。知っていた。悪魔は尖る尾を隠し、見えない所で酷い事をするのだ。



『っ、い…!』
『つまらん。少しは暇潰しになるかと期待したが、こんなものか』
『痛…っ、も…やめ、』
『知らないとでも思っていたのか?人間如きが神を謀ろうなどと、愚劣な思い上がりだ』
『っ、はっ…っ!…ご、めんなさ…め、んなさい…っ、ごめんなさ…!』

何をしているのだ、あれは。
何よりも誇りに思っていた、いや、そう思い込みたかった聡明な義兄が、笑みを浮かべ陵辱しているそれは、誰だ。

『生かす価値もない塵が、何をしても無駄だと思い知れ』
『っ、』
『徒労だったな。私の目を盗み労したにも関わらず、ルークは私の子ではなかっただろう?私がそんな失態をすると思っていたとは、つくづく哀れな塵だ』

笑っている。
嗤っている。
大切だった人が大切な親友の髪を鷲掴み、悪魔の様に。

『…何、秀皇が戻り次第入籍したとしても、お前には関係のない話か』
『そんな事…この僕が許すと思うか…!』
『勇ましい事だ。だがお陰で、秀皇は何不自由なくサラを娶る事が出来る。喜ぶが良い、自らの招いた結末が徒労ではない事を』
『っ、うっあ…!はっ、あはは…』
『何が可笑しい』
『は…恐れ多くも神男爵が、高が僕相手に長口上下さるとはね。はははっ、貴方こそ僕より人間らしいご気性では?はっ』
『…人間風情が』

あられもない姿で尚、強気な笑みを絶やさない彼は美しく、強かった。悪魔から蹴られ咳き込む合間も誇り高い眼差しに敗北の色はなく、ただただ、殺意と憎悪を嘲笑で彩り、見下しているのだ。
見下している悪魔を、地に倒れた痛々しい姿で静かに見返す光景は、諦めなど知らぬかの様に。

『その虚勢がいつまで続くか』
『…!やめろっ、神威には手を出すな…!』
『父上っ、大丈夫ですか、父上』

悪魔に慈悲などない。
目元を包帯で塞がれたか弱い幼子へ迷いなく歩み寄り、一切の加減なく蹴り払う姿はもう、悪魔さえ凌駕している。

『ぅ』
『な?!か…、ああっ、神威!大丈夫かいっ、どうして隠れてなかったの…!』
『…私はもう知らん振りをしたくないのです。父上を苛める者は許せない!』

包帯が赤く染まっていく。
あの小さな子供でさえ勇ましく、蹴り払われて痛々しい出血を見せてもまだ、勇敢に立ち上がり大切な人を守ろうとしていた。


動け。
現実を直視し茫然自失に立ち竦む情けない両足よ、動け。


『…これの何処が私に似ている。甚だ馬鹿げた理屈が、不愉快でならん』
『下種が神威に触るな!』
『取り繕った偽善愛に敬意を示そう。愛した男の子供に懸想するとは、おぞましい人間め』
『卑劣な…!』

親友は立ち上がる事も出来ないのに、血に染まる子供を必死で抱き寄せ守ろうとしている。冷笑を滲ませた悪魔から髪を掴まれ薙払わられても、まだ。悲鳴を飲み込み健気にも、守っていたのだ。
目に見えぬ光景に震える子供が叫ぶ。助けてくれと殺してやると、あんなに、幼い子が。

『ならば連れ立って消えるが良い』

悪魔はやはり容赦なく親友諸共子供を蹴り飛ばし、噎せる親友の腹を踏みつけながら、弛んだ包帯を押さえている子供の小さな頭を掴んだ。

『ルーク。駒には不十分な失敗作が、銘を与えられただけ感謝しろ』
『…触れるな下等生物。そなたの駒になど誰がなるものか…』
『神を愚弄するか』
『戯れ言を語るな!殺してやる!覚えておけ、我が名は帝王院神威!貴様を殺す、死神だ…!』


動け。
動いてくれ。
帝王院秀皇、お前は神に寵愛された騎士、ナイトだろう。何故、動かない。



『世迷い言は相応しい場で語れ、人の子』



そうか。
初めから私は騎士などでは、なかったのか。




『父、上…』



皆を不幸にする、我こそ悪魔なのだ。















「検討しとけ、っつったって…どうしろと」

深夜の客人を見送りもせず、無意識に襟足を掻いた。切り揃えたばかりのショートヘアは男子中学生の様だと、言われ慣れた台詞を思い出し、何故か鼻白む。

何故、こうムカムカするのか。

「これ俊江、何やってるんだい」
「あー…座禅?」
「私には胡座掻いて寝転がってる馬鹿娘にしか見えないけどねぇ」

見苦しいと呆れ顔で睨んでくる母親の、幾らか曲がった背筋を見つめたまま、タンクトップの胸元を掻き寄せる。下着が見えたくらいで狼狽える羞恥心など、生まれてこの方ただの一度も持ち合わせた記憶がない。
旦那だの息子だの、嫁の貰い手がないと言われ続けた男勝りに、何の冗談だ。

「くしょー。マジで記憶喪失とか…何で頭打ったらこうなんだょ。拾い食いでもしたんかねィ。それなら有り得る…ハァ」

つくづく食い意地の張った己が恨めしい。友人知人果ては実の弟にまで白い眼で見られる胃袋は、夕食後に来訪者が持ってきた土産まで食べてまだ、空腹の報せを響かせている。

顔も知らぬ奇特な趣味の持ち主と、その息子。一生、色恋などには縁がないと思っていたが、いや、今も思っているのだが、本当に二人は存在するのだろうか。
保険証も免許証も果ては戸籍謄本まで記憶のまま、何も変わっていないのに。出産記録も写真も証明となる筈の一切が、不審なほど一つも存在していないのに。


「みかどいん、か」

声にすると益々偉そうに感じる私立高校の文字が刻印された、一通の封筒。超若作りの整形老人が置いていったそれを腹の上に置き、両腕を頭の下に敷く。
足は胡座を掻いたまま、ヨガか何かのポーズの様だが、それを指摘する者はない。

周辺でも有名な実家は土地も屋敷も広い為、窓を開け放していても他人が見咎める心配はないのだ。猫被り嫁が睨みを利かせている弟一家は、同じ敷地内と言うだけの別宅、他人も同じ。
初めて見た甥っ子は可愛らしい顔で豪快に、顔より大きい特盛カップ麺を啜った。もう一人の甥にはまだ会っていない。写真は見たが、性悪ハーフ嫁と顔だけイケてる弟のパーツを、それぞれ良い所だけベストな配置で並べた様な美男子だった。
隔世遺伝らしい眼と髪は、学生時代、自分に告白してきた母親が染めていた色と同じ、透ける様なアイスブルー。異国のモデルだと言われたら納得しそうな、遠野一族最高傑作だと思う。

然し、母も弟も、ヒデタカなる男の方が男前だと言うのだ。

それはそうだろう。
嫁の貰い手がないと散々言い続けてきた一族最低傑作を、何をトチ狂ったのか『内縁の妻』にしていた様な男だ。それだけで素晴らしい人間性である。男前、超男前。

「おーい、俊江ねーちゃん」
「ん?」
「あらん?…何してんの?プロレス?」
「ンな訳あっか、痛ェだろォ一人プロレスはよォ」

噂をすれば何とやら。
天然茶髪をサラサラ靡かせ、庭先から入ってきた小柄な少年を認めて起き上がる。瞬間、ポキッと首の骨を鳴らしてしまったが、可愛らしいのは見た目だけである甥っ子は気にもしない。

「まだ起きてんのか?母さんから怒られね?」
「逆だよ逆ッ!いきなし兄貴が帰って来るっつってんだと!漫画読んで寝てたら叩き起こされてさ。ババアめ、兄貴にだけ甘いっ」
「西園寺の全校一番で生徒会長なんだろ?そりゃ自然の摂理だ、世の理だから抑えとけょ」
「余の断りィ?何だそれ、上様に断り入れんの?徳川吉宗だろ」
「凄ェな、お主!一族始まって以来の奇跡じゃねーか?!ははっ」
「え?そ、そ〜かなァ?!俊兄ちゃんには絶ッ対ェ適わないと思うけど!ふへ」

シュンにシュン。ああもう、紛らわしい。
顔も知らぬ息子が悪い訳ではないのは、判っている。振られた腹癒せで弟に乗り換えた馬鹿女の子供とは思えない、純朴な甥っ子の名前は、母親が付けたらしい。

弟曰く、彼女はヒデタカファンなのだ。
ヒデタカそっくりなシュンを産んだ義姉を敵視し、授かった二人目の胎児が男と判るとすぐ、シュンと名付けたと言う。執念深い女だ、面食いなのだろうか。

「そーだ、ねーちゃんに見せたいもんがあってさァ」
「夜食ついでだろ」
「えへ、UFOある?UFO☆」
「おー、作るならオバサンのも宜しけろ」
「オッケ♪作ってくっから、ねーちゃんはアルバム見てて」

投げ寄越されたファイルの表紙には『極秘メロリー』と下手な字で書かれてある。


「メロデ…いや、メモリー…?」

台所から鼻歌が聞こえてきた。
奇怪な音程に吹き出し掛けたが、流石にそれは失礼だろう。

















熱い、苦しい、痛い、とても幸せ。
体が受ける苦痛で、心は喜びに踊り狂っている。自分が自分でない様だ。判らない判らない。

ただ、幸せだと思う。


「愛している」

躊躇いなく繰り返される呪いめいたその囁きを、甘い甘い蜂蜜色の眼差しが。
ただ名を呼ぶだけでこうも簡単に、真っ直ぐ。愛していると愛していると愛しているとそれだけを、口付ける吐息に織り込んだ。

熱い、熱い、壊れてしまう、体の内側には二人分の体温がマグマの様に蠢いて、溶け合い、燃え盛る。

「愛している」
「ふ…ァ。んっん…っ、カィ、ちゃ…」
「…俺はどうすれば良い。失敗作には…何一つ、正しい方法が判らないんだ」
「誰が…そんな酷い事言ったにょ?ぱちんしてあげるから、オジサンにチクっちまいな!」
「…愛している」

幸せだ。身に余る幸せを体感している。
なのに涙が溢れて止まらない。誰か、誰か、何故こんなにま悲しくて仕方ないのか、教えてくれないか。


「俊」

カイ。
カイ。
カイ。
真っ直ぐ惜しみない欲を注ぐ、白銀の熱塊。例えそれがただの気紛れだとしても、同情だとしても、幸せで幸せで幸せで、もう他には何も要らないと、叫ばせて。


「俺だけを見ていろ」

望まれずとも迷いなく。
命じられずとも躊躇わず、もう既に自分と言う生き物の全ては、貴方だけを見ている。

「…容易く忘れ去って構わないから、今だけは」

悲しくて悲しくて悲しくて、胸が張り裂けてしまう。これは誰の悲しみだろう。痛い痛い苦しい辛い寂しい悲しい、助けて。助けて。誰か、助けて。


「愛している」

名を呼ぶ以外の術を知らぬ不甲斐ない己が忌々しい。
繰り返される至福の言葉にただ、幸せを噛み締めるだけの凡庸な煩悩を恥じる。

膜を獰猛に突き上げる衝撃は暴力的なほど、腹を弄る大きな手は許しを乞う様に弱々しく、内も外も余す所なく触れ回った。

「…憎らしいほどに。」

気付いているだろうか。
そう囁く声が心臓を跳ねさせている事に。
気付いているだろうか。
逃すまいと必死で絡み付いている事を。灼熱が容赦なく突き上げる度に、酷い声を噛み締めている事を。

喉仏が弾けようが扁桃腺が張り裂けようが、哀れなほど甲高い声を。耳障りな声を。
聞かせて嫌われたくないから必死で、祈りながら耐えている事を。


どれほど愛しく思っているのか、を。



「…白いご飯、より」

嫌だ。
まだ起きていろ。まだしがみついていろ。止まない頭痛など追い払い、出来ないならひたすら耐えて、瞼を閉じるな。

「いつの間にか愛してたぜ、俺の可愛いカイ」

糸が切れる音を聞いた。
頭の中は真っ白なのか真っ暗なのか、もう判断は付かない。



彼はどんな顔をしているのだろう。
呆れているか、それともやはり無表情なままか、この眼で確かめていない事が何より、辛かった。












『ほう。煤払いが煤になった』
『…近代日本に煙突なんかないっつーの。ロンドンにもな』
『私が住まう頃は、常に見通しの悪い霧に覆われていたものだ。幻想的だった』
『どう言う感性してんだ…』
『美しいものを美しいと評価する、素直な男だよ。気に障ったのか?』
『もうイイ、お前は初めからそう言う面倒臭い奴だった。思い出した』
『そうか』
『んな事より、どうするんだコイツ。急激に弱っちまってよォ。はぁ…鍛錬が足りねェぜ、弱虫め』
『いや…鍵が近付いたとすれば、答えは自ずと知れる』
『鍵?』



『私達と引き換えに失った、鍵だ。』
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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