紅き黎明の花嫁

未だ視ぬ海の果て

 ├2┤始まりの足音

重厚なテーブルの上にスタッと着地したソレは、所々跳ねた長い黒髪を三つ編みにし、同じ色の瞳に憤りを宿した少年の姿だ。

パラパラと光輝く何かを撒き散らしながら黒と白の酷く露出が多い衣裳を翻す彼は、皆が唖然としているのに全く構わずテーブルの上を闊歩し、珍しくポカンと口を開いている美しい第二王子の目前まで詰め寄ると、



「…テメー、コラ」

腰に手を当てて傲慢不遜に見下した。

「隠れんぼの途中で行方不明になるたァ、どう言う了見だ、ああ?」
「に、兄さん、一体何処から落ち…いや、降りてきたの」
「ンなもん、天井突き破ったに決まってんだろ!」

その言葉に皆が上を仰ぎ見る。3階分の高さはある吹き抜けの天井には、国一番の宮廷工芸家が心血注いで作り上げた美しい太陽のステンドグラスが填め込まれていた筈だが、太陽の丁度中央から本物の太陽が覗き見えている事にほぼ全ての人間が顎を外した。

平然としているのは、そのステンドグラスを突き破ったと言う本人だけだ。


「ったく、何処探しても見つかんねェし…と思ったら足下にいやがったなんて!
 然も隠れてる身の分際で悠々寛ぎやがって、俺は一部始終目撃したぞ!」

特にそのお茶セットっ、とベルハーツの前に置かれたティーカップと茶菓子をビシッと指差す少年に、ザナルが「意地汚い」と呟いた。

「良し、日向。歯ァ喰い縛れ、一発殴って二発蹴った暁に散髪させて丸坊主の哀れな姿で土下座させてやるわ…。光の王子らしくその頭皮光らせてみろやァ!」

ぶつぶつ怒りの言葉を並べ立て、宮廷工芸家が何年も懸けて生み出した芸術をたったの一瞬で無に還した【足】で何度もテーブルを踏み付ける彼に、ザナルの憔悴しきった眼差しが向けられる。ベルハーツのファンである侍女は一斉に沈痛な悲鳴を上げた。
一発も二発も辛うじてセーフだが、三発目が許せない。散髪は有り得ない。


「アルザーク王子殿下…、そなたは此処が接見の間であると理解して居られるか」
「え?あれ、…ザナルのじーちゃんじゃない?何だかお疲れかしら?」

ザナルの言葉に漸く周囲の状況に気付いたらしい彼は、周囲の視線を一身に受けている己に僅かとは言えないほど狼狽し、そそくさとテーブルの上から飛び降りた。

内弁慶なのかも知れない。


「あ、あはは、リヒャルトの天窓壊しちゃってごめん。悪気はなかったにょ、これ本当」


闇の王子と密やかに謳われているアルザーク=ヴィーゼンバーグ、彼こそ精霊の国フィリスの第一王子であり、フィリスで唯一騎士団に所属していない男子王族だ。

「…それは是非ともリヒャルト本人にお伝え願いたい」
「むり!リヒャルトが首吊ったらどうすんだょっ」

美しいものを生み出す事に全身全霊を懸ける宮廷作家リヒャルトは、我が子とも呼べる作品を汚される事が何よりも苦痛だと言う博愛主義者だ。どの辺りが博愛主義かと言えば後に続くのだが、そのリヒャルトを殺戮主義へ人格を豹変させる条件が二つある。


一つ、敬愛する主君へ刃向かう愚か者が現れた時。
一つ、可愛い我が子を失ってしまった時。



「仕方無いよ兄さん、リヒャルトは惜しい男だったけど俺にとっては居ても居なくてももう全然構わない存在でしかないもの。切腹でも首吊りでも暖かく看取ってあげないと」

後者の場合は殺戮対象が『自分』になると言うリヒャルトは、黎明騎士団の『気違い』と呼ばれている。
戦場で騎馬を駆使し敵の鮮血に染まる姿はアルザーク曰く『ドS』だが、我が子を失い半狂乱の様相で己の武器を手に腹を斬ろうとする様は完全なる『ドM』だ。


よって、戦場ではリヒャルトの作品を所持してはならないと言う規則まである。笑えない。


「ピナタ、お前と言う奴は何でそんなに性悪なんだ。兄ちゃん悲しいぞ」
「何言ってるのシュン兄さん、俺ほど可愛くて優しい弟なんて他に居ないでしょ?」

日向とはフィリス王国にのみ伝わる古代文字で『太陽』を表すベルハーツの本名であり、ピナタはアルザークしか使わない愛称だ。
同じくアルザークは俊、頭の中身も身体能力も身軽な彼に相応しい名称であると言えよう。

「何言ってんの馬鹿じゃない、お前なんて所詮ピヨン以下だ。ピヨンが一番可愛ィ」
「確かにピヨンは癒し系だと思うよ、ああ認めますとも。でもね、昨日だってティータイムのシフォンケーキもブランチの肉料理も女の子からの差し入れのお菓子も、全部兄さんにあげたし、今日だって朝から鬼ゴッコに付き合ってあげてるし、」
「隠れんぼだ!貴様は鬼ゴッコと隠れんぼの違いも判らない大馬鹿者か」
「兄さんの拳骨は凶器を通り越して最早兵器だね…」

己よりやや小さい兄へビトっと張り付きながら、愛しい者を見る様な眼差しで必死に言い募る弟を情け容赦無く殴り付けた俊は、偉そうに腕を組み一度大きく息を吐いた。


「もうイイ、今日と言う今日こそ見損なったぞピナタ。リヒャルトには俺のおやつを分けてあげて許して貰う事にした。てか許させる。もう決まり、はいこれにて無事解決。ボクお腹が空いたからご飯食べたいにょ、もうサラマンダー時だぞ」

先程まで日向が腰掛けていたソファにふんぞり返り、お肉お肉お肉以外認めない、と喚き発てる俊にそれまでの剣呑な雰囲気を忘れ去った臣下達は皆、慌ただしく持ち場へ戻っていく。
侍女は割れた硝子の後始末を速やかに済ませると真っすぐ厨房へ向かい、鍛え上げた筋肉を惜しまず駆けてきた兵士は黒髪の王子へ色とりどりの安っぽいお菓子を献上した。

「やっぱ駄菓子じゃねェと食べた気になんないねィ。うんめー棒って何でこんなに安くてこんなに美味しいんでしょう、素敵。ボクは生まれ変わったらセレブになって世界中のうんめー棒を買い占めたいと思いますっ、オーヴァ」
「一本10ベネラ程度の粗末な菓子の百本二百本買ってあげられないほど永世中立国は貧しい国じゃないよ兄さん、一応王族と言うそこそこセレブな立場なんだけどね、俺達…」

次期フィリス国王の第一継承権を持つアルザークは、それを感じさせないほど幼い頃から重度のケチだった。
広い部屋は落ち着かない、と言う貧乏臭い持論の持ち主が、そう広いとは思えない宮殿の最も小さい部屋を私室として使っている状況が全てを表している。


「アルザーク殿下、お飲み物は如何致しましょう」
「エルニーニャ湖の美味しい水一杯たもれ。ついでに、うんめー棒ノイエ海特選魚介のブイヤベース風味を二つ三つ下さる?」
「水道水はやめようよ兄さん、食事でも魚を食べようよ兄さん…」

姿形だけではなく性格までまるで違うらしい兄の頬に散っていく菓子クズを眺め、弟は切ない溜息だ。食事中と城下町の市場で行われる特売を知らせる広告を眺めている時の兄は、もう全く話を聞いてくれない。


「さてと、…何かもうどうでも良くなって来ました。ザナル閣下、とりあえずは出席を表明しておきましょう。ほら、どうなるかは当日になるまで判らないでしょう?」

風邪引こうかな、そろとも恋煩いにしようかな、などと明後日の方向を見つめながら鼻歌う日向は完全にドタキャンするつもりだ。
不慮の事故で欠席してしまった国を幾らラグナザードであれ、表立って処罰出来まい、それが聡明な第二王子の出した結論らしい。

「現状、最も優先すべきは昼食ですよ。死活問題です、このまま思案に暮れていたら俺達の食事が無くなってしまう。
 兄さんの胃袋は底無しバニ沼以上の底知れずなんですから」
「そう易々と運ぶと思うか、ベル殿下」

ザナルの声にベルハーツは妖しく笑う。


「そこはそれ、新皇帝陛下の力量が問われる所ですよ。真に世界の覇者であるなら、小国の一つくらいで別段騒ぎ立てはしないでしょう」
「ルーク=フェインが殿下以上に自尊心高い男なら、我らは再び地獄へ落とされるやも知れん」
「遥か古の時代には陽が昇る国と崇められた我がフィリスを、闇の住人如きに落とさせはしない。攻め入るならば『どうぞご自由に』?」

両腕を優雅に広げ、ベルハーツ=ヴィーゼンバーグは青い瞳を煌めかせた。
最早目にする価値もないとばかりにラグナザードからの親書をくしゃりと丸め、天高く放り上げて腰に差した愛剣へ手を掛ける。



短く切り揃えられた金糸が優雅に舞い、


「俺は3年前に受けた屈辱を、









 …漸く晴らせる機会に恵まれるだけです」



ステンドグラスから差し込む日差しが、舞い散る紙片を照らしていた。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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