紅き黎明の花嫁

唯一神の住まう玉座

混じり無き漆黒を前に跪く

「頼もォ!」



突如扉が凄まじい音を発てた。


「うわっ」
「何だぁ、敵襲か?」
「おう、俺だ。ミルクと茶菓子と黒煎茶持ってきやがれ宜しくね」
「みゆく〜、よろちく〜にぇ〜、すぴ」

蹴り開けられたらしい扉の蝶番がギィっと鈍い音を発て、傲慢不遜を絵に描いた様な台詞と共に長い三つ編みを携えた少年と、小さい前脚で円らな目を擦る黄色い綿毛が現れる。

「アルザーク王子ぃ、ドアは蹴らずにあけて下さいっていつも言ってるでしょぉ?」
「すまん、ウァンコート。俺の長い足が迷惑掛けたね、イヤもう、持て余してるんだ」
「殿下の足が長いなら、オレは世界一の美脚騎士だぜ。くくく…」
「ブッ殺すぞカッツィーオ、誰かリリムの実を煮出した湯でコイツの黒煎茶煎れろ」
「カッツィーオ隊長、殿下を逆撫でしないで下さいよ〜。団長から絞め殺されても知りませんよぉ。
 アルザーク様、ミルクとお砂糖はどうしますか?」
「何だチミは、俺の茶にミルクと砂糖を入れるつもりなのかウァンコート、三杯ずつでお願いします」
「ぴよんのみゆく〜みゆく〜、ぶらっく〜」

アイスコーヒーアリアリで、を遥かに越えたゲロ甘な俊の隣で、砂糖もミルクも要らないと明言するピヨンは、ほんのり温められた牛乳を前に羽をばたつかせた。
シュガーレスミルクレスの牛乳はただの牛乳でしかないが、

「砂糖もミルクも入れないなんて、ピヨンは大人だなァ!」

親馬鹿には特殊なフィルターが装備されているらしい。溺愛フィルターと言う名の親馬鹿眼鏡だ。

「ぴよん、おとな?ぴよん、すごいにょ?」
「流石俺のピヨン、凄いねィ、大人だねィ、可愛いねィ、大好きですっ」
「ぴよん、おとな〜。ぴよん、おとな、トトたべる〜。いちごのトトたべる〜」
「はい、苺のクリームが入った鯛焼きですね。殿下はいつもの奴で宜しいんですか?」
「おう、うんめー棒の盛り合わせたもれ。腹が減っては戦は出来ん」

白肌に散った雀斑と、青いショートボブの髪が美人と言うより可愛らしいウァンコートの台詞に頷いた俊へ、窓辺のソファに寝そべっていたカッツィーオの笑みが注がれる。


「殿下が出陣した事なんか一回もないでしょーが。出る気があるんならオレの隊で先頭に立ってくれても良いですよ。
 悪名高い闇のアルザークが立てば、」
「カッツィーオ隊長!」
「…っと。悪ぃウァンコート、口が過ぎた」

台詞を遮る様に声を荒げたウァンコートへ、申し訳なさそうなカッツィーオの目が向けられた。
ミルクを舐めていたピヨンがじっとカッツィーオを見つめている。
いや、睨んでいるのかも知れない。

「うんめー棒って美味いからうんめー棒なんだなァ、きっと。もきゅもきゅ」

当の第一王子は駄菓子にしか興味が無い様だ。


「何を騒いでやがる、お前達」
「フレアスロット副団長」
「ああ、帰ってきたかフレアの兄貴」

蹴り開けられた際に壊れたらしい戸口を、何処か興味深げに見やりながら入ってきた男の声に二人の目が向く。
入ってきた男はソファの上で寛ぐ一人と一匹を見付けて、厳めしい顔へ満面の笑みを滲ませた。


「よう、我が国が誇る殺戮兵器アルザーク=ヴィーゼンバーグ王子殿下!」
「フィリス1の色男と言えやこの野郎。今日も暑苦しいなァ、ゲフ」

しれっと吐き捨てる俊の肩を抱き、鍛え上げられた筋肉で包まれた腕で背中をバシバシ叩く赤髪の男はニヤニヤと愉快げな笑みを一層深め、

「聞いたぜぇ、とうとうリヒャルトの最高傑作を蹴り壊したそうじゃねぇか!」
「ま、まさか、」
「…天頂の女神を、か?冗談だろ、マジか」

ベルハーツに並ぶ剣術を誇るフレアスロットの豪快な笑い声に、ウァンコートの表情から血の気が引き、黎明騎士団一の優男と名高いカッツィーオの唇が痙き攣る。

「違ェ、上に乗ったら勝手に割れたんだ。ちょっと強めに踏んだかも知んねーけど、俺は多分悪くない。悪ィのは日向だ、日向が全部悪ィんだ。アイツは悪魔だから」
「上に乗っただけで割れる筈が無いでしょう!あれはエテル鉱山で採れた世界で最も固いと言われる天然石を錬成した硝子なんですよ!ただの硝子ではないんですよっ?」
「つか、うちの団長が悪い筈ねぇでしょーが。団長が善と言えば悪魔でさえも天使になるんだからな、黎明騎士団の中では」
「かっかっか!まぁそう喧々喚き発てるなウァンコート。カッツィーオもだ、本来ならアルザークこそ我等が上司だった筈なんだからなぁ」

燃える様な灼熱の赤毛を立てたフレアスロットの台詞に、二人の口が気不味げに閉じられた。
確かに本来ならばベルハーツではなくアルザークが黎明騎士団長だった筈なのだから、それに対して反論の余地は無いと言う事か。


「なぁ、アルザーク殿下。俺ぁ諦めちゃいねぇぜ?アンタの素質は団長以上だ、間違いねぇ」
「副団長っ」
「冗談だろフレアの兄貴、」
「これは団長が認めてる話だ、テメェらは黙ってろ。
 …なぁ、アルザーク殿下。僅かばかり訓練に精を出してくれりゃあ、一年も待たずアンタは世界最強の騎士になれる。あのフェイン=ラグナザードだろうが目じゃねぇ、絶対にな」
「面倒い。俺は喧嘩なんて時間の無駄なコトしねェの、日々冒険に生きる男なんだ」
「ああ、ああ、判るねぇ。それぞ漢、男の中の漢だ。冒険、壮絶な戦い、戦場で芽生える男同士の友情!
 俺ぁその昔、群島諸国を放浪してた事があるが、その時一戦交えた男と今だに交流がある。奴こそ現ストラの海賊王、」
「ジャスパー=ディブロだろ。その話もう聞き飽きた、執拗い」
「じじい、しつこい〜。じじい、あっちいけ〜」

先日三十路に立ったばかりのフレアスロットを、可愛らしい声が年寄り扱いする。
可愛らしい前足で『あっちいけ』と邪険に扱われたフレアスロットは目に見えて肩を落とし、遂にはその場で膝を抱え座り込んでしまった。


「ピーちゃんは未だに懐いてくれない。さっきカスタード鯛焼きあげたのに。美味しそうに食ってるから頭くらい撫でさせてくれるかなって期待したら、触るなあっちいけって言うし…今もまた…!
 ジジイは嫌いかっ、なぁピーちゃん!」
「俺のピヨンに迫るな、蹴り飛ばすぞセクハラ親父」
「せくはら〜、あつくるしいにょ〜、あっちいけ〜」

部屋の隅で「の」の字を書き始めた赤毛の筋肉男にはもう誰も目を向けない。
俊の膝の上にちょこんと座っているピヨンがミルク塗れの唇を尖らせ、ウァンコートのものだと思われるパンケーキを見つめていれば、いつの間にか煙草を咥えていたカッツィーオが無言でそれを差し出す。


先程睨まれた事を気にしているのだろうか。


「あっ、カッツィーオ隊長、それ僕の昼食…」
「かつお、ありがと〜」
「カッツィーオだ、カッツィーオ。トロイでも良いぜ」
「わんちゃんも、ありがと〜」

万更ではなさそうな表情を隠さないカッツィーオを憎々しげに見つめながらも、ピヨンから名を呼ばれたウァンコートの口元が緩む。
いつまでも名前を覚えて貰えないフレアスロットの憎悪の眼差しが二人を見つめているのには、幸いにして気付いていない様だ。


「お〜じさま〜、はんぶんこ〜」

物凄い勢いでパンケーキへ顔を埋めていたピヨンが、丁度半分ほど食べ終えて所で顔を上げる。
毛に覆われた頬もぷりぷりのタラコ唇もクリームだらけだ。


「俺の事は気にしなくて良いから、腹一杯になるまで食べろ?」
「えと、ぴよん、ぽんぽん、いっぱい〜。お〜じさま〜、はんぶんこ〜」

クリーム塗れの前足で一生懸命ケーキの皿を押しながら羽をばたつかせるピヨンの円らな瞳が、チラチラとケーキへ向けられる。
未練たっぷりな様に苦笑を滲ませて、クリームに汚れた頬を指で拭った。

「嘘吐きめ、涎が出てるぞ。美味かったんだろ?俺はちょっと世間話でもしてるから、お前はそれ食べてその辺で遊んでろ。な?」
「あしょぶにょ、かくれんぼ?かつお、かくれんぼするにょ?」

くるりと向きを変えた綿毛が見上げてくるのに、壁へ背を預け紫煙を吐き出していた男がぽろりと灰を落とす。
ウァンコートが慌てて灰皿を手渡した。


「は?オレ?」
「かつお、かくれんぼしない。ぴよん、かつお、きらい」
「おいおい、オレは仕事中なんだぜピヨン。そんな事言われてもな、」
「かつお、あっちいけ〜。ぴよん、お〜じさまとあしょぶ〜」

ゴロゴロと俊の腹に頭を擦り付けるピヨンの上、フィリスで唯一黒い瞳を持つ国一番人相の悪い第一王子と、怒らせると大分面倒なウァンコートの二人から冷たい視線を浴びせられ、部屋の隅からずっと注がれている羨望混じりの湿っぽい憎悪の視線に、とうとう白旗を上げた様だ。


「…行けば良いんだろ、行けば」
「良かったなピヨン、いっぱい遊んで貰えよ?」
「ええ、戦の時にしか役に立たない隊長なんて、筋肉痛になるまで扱き使って構いませんからね。本当、タダ働きのトロイの汚名返上が出来て良かったじゃないですか、トロイ=カッツィーオ隊長」
「ピーちゃん、カツオに何かされたら言うんだぞ?おじちゃんはこう見えて黎明騎士団副団長って言うそこそこ偉いおじちゃんだからな、うん」
「かつお、だっこ〜。だっこしろ〜、とろい〜」

名を呼ばれているのか鈍いと罵られているのか皆目見当が付かない愛らしい命令に溜息一つ、戦場の『死神』とまで謳われている男が軽いとは言えない足取りで壊れた戸口の向こうに消える。

「行ってこいピヨン、気ィ付けろよー」
「…死んだか。惜しい男を亡くしたな、ウァンコート」
「ええ、本当に。せめて副団長が正装していたならと思うと、涙が止まりません」

飼い主と同じく危険な所へばかり行きたがるピヨンの相手はさぞや大変な事だろう。
フレアスロットですら完全装備ではない今現在、とてもではないがお断りしたい役目だ。


「…で?俺や団長がどんなに呼んでも殆ど無視を通すアルザーク殿下が、自らお越し下さったんだ。
 ………何かあったんだろう?」
「もしかしてラグナザードの件ですか?」

ベルハーツが『悪魔』なら、『剛鬼』として評されるフレアスロットの表情が僅かに引き締まり、フレアスロットの黒煎茶を注ぐウァンコートが緩く首を傾げた。


「黎明を名指ししたんだろ、ラグナザードが」
「へぇ、無関心に見えてやっぱフィリスを案じてるんだなアルザーク。そうだ、それでこそ黎明騎士総帥に相応しい…!」
「別に。うちの馬鹿ピナタが何か失礼な事してんだったら、兄ちゃんが土下座しねェといけないからな」

ウァンコートが眉を寄せ、フレアスロットの表情から笑みが消える。

「冗談でもラグナザードなんかに頭を下げるなんざ言うな。俺らはともかく、団長が守り抜いてきたフィリスを汚す発言は、幾らアンタでも許しゃしねぇぜ」
「…お前如きが、何だと?」

俊の纏う雰囲気が変化した。
ウァンコートが息を呑み、フレアスロットの眉間に皺が刻まれる。

「俺にとってフィリスにもラグナザードにも価値なんかない。…そうだろ、得体の知れない黒髪黒眼の王子なんか、居ない方が良いと思ってる癖に」
「…」
「俺の存在を不要とする者に、価値を見つけられる筈がねェ。お袋が泣こうが親父がキレようが、例え俺が二人の本当の子供だろうが、だ。
 テメーらと同じ様にこの国自体が俺を認めないなら、俺もフィリスを認めない」

元々ベルハーツとは違い少々目付きが悪い俊がその表情から笑みを消せば、誰よりも威圧感を放つ。


「勘違いすんなよ」


それこそ正に人の上に立つ者に相応しいオーラだ。



「俺が守るものはたった一つだけだ。8年前からずっと、たった一つだけ。それにお前らは含まれない。





 今も昔も、…これから先も」
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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