紅き黎明の花嫁

唯一神の住まう玉座

 ├2┤

「それがアンタの本音か。


 黎明に入隊しないのもフィリスの王子を名乗らないのも全て、


 ひとえに『興味が無いから』だと?」
「だから何だ」

フレアスロットが無言で立ち上がる。
狼狽えるウァンコートに構わず俊の目前まで進み寄ると、がしっとその胸ぐらを掴み上げ、



「わーっはっはっはっは!
 いや、流石我らが闇のアルザーク!惚れ直したぜ、想像以上だ、やっぱり団長の言う通りだった。
 …惜しいなぁ、益々アンタが欲しくなったぜ」
「ちょ、副団長っ」
「気安く俺に触るな、俺に触ってイイのはピヨンだけにょ」
「団長には無い見るからに相手を怯ませる面構え、バスティール樹海を半日で歩き尽くす身体能力、その昔ガヴァエラ皇国を地獄へ陥れたと言う猛獣エルボラスを仕留めて帰ってくる勇猛さ!
 惚れるねぇ、さっきの威嚇する目は弟君瓜二つだったぜアルザーク殿下」
「ピナタみたいな性悪と一緒にしないで下さるかしらボク怒りますよ、呼び捨てで良い」
「そうだ、我らがベルハーツの良い所は顔だけだからなぁ。いやぁ、アル。庶民的な男だと知ってはいたが、此処までとは。
 トロイの奴は誤解してんだ、だからあんな態度を見せやがるんだけどな。悪い奴じゃねぇし、団長への忠誠も本物だ。許してやってくれ」
「好い加減にして下さいよぉ、二人共団長から殺されますよぉ、…ひぃっ」

フレアスロットが俊と共に堂々と陰口を叩いている正にその時、焦るウァンコートの表情からまた血の気が引いた。

「「ウァンコート?」」

言葉を失っているらしく、常は穏やかな笑みを浮かべている唇がパクパク喘いでいる。

「フレアスロット副団長、…この俺が何だって?」
「は、ははは、これはこれは、……………ベルハーツ王子殿下…」

俊が壊した扉に背を預け、赤い軍服で身を包む金糸が満面の笑みを浮かべたフレアスロットを見つめていた。


その笑顔、氷点下。


口では触るなと言いながら、振り払わない俊の肩に巻き付く腕を、極上の笑顔で近付いてきた男が叩き落とす。


「いつから君は俺の兄さんと仲良くなったんですか、フレアスロット=ストルム」
「面目ねぇ。何と言うかアルが思ったより話し易くてなぁ、その、ついついうっかり…」
「ふふふ、





    アル?」


ウァンコートが声無き悲鳴を呑み込んだ。


「いや、あの」
「へぇ、だったらこの俺も是非ベルと呼んでくれストルム閣下。さぁ、ふふふ」

フレアスロットの胸ぐらを掴み上げる日向が、俊の肩を軽く押してしまったらしい。

「あ」

ぽろりと駄菓子を落とした男が、無言で目を眇めている。気付いたのはウァンコートだけだ。



「…ベルハーツ=ヴィーゼンバーグ、そこに直れ」
「え、兄さん?」
「俺の前に跪けと言うのが判らんのか、ベルハーツ=ヴィーゼンバーグ」
「あの、いえ、はい、仰せのままに」

落ちた駄菓子に気付いた日向の美貌から血の気が引いていく。
言われるままに俊の前へ正座する黎明騎士団長に倣い、何故かフレアスロットまでがその大柄な体躯を縮こませて膝を付いた。


先程とは比べものにならない威圧感だ。
何が何だか一切判らないが。


「全ての食物には太陽神アーメスと大地の精霊の加護があると習わなかったのかなァ、貴方達は。
 それともアレか、大人になれば小遣いも増えるし少しくらい粗末にしても許されるなんて考えてるのかィ、チミ達はァ…」
「も、申し訳ありませんでした。然しそんな、アーメスを卑下する様な不道徳を考えていた訳ではなく…」
「機嫌直せやアル、そんな菓子の一つや二つ俺が買ってやるからなぁ?」
「口を慎めストルム…っ」
「そんな菓子…?」

蒼白した表情で射殺す様な睨みをフレアスロットへ注いだ日向は、地を這う低い声に背を正し、戦場以上に緊張を走らせた。
失言に気付いたらしいフレアスロットは、然し詰め寄ってくる日向の向こうに『魔王』を見た為、腰が抜けている。


ベルハーツの悪魔っぷりが可愛い。



「アルザーク憲法斉唱!」
「御意!」

俊の言葉に素早く立ち上がった日向が左胸へ手を当てた。
ウァンコートとフレアスロットが呆然と己らの上司を見つめているが、フィリスにそんな憲法が存在していない為にどうする事も出来ない。


「一つ!森羅万象はアーメスの御許に於いて存在しィ、」
「全ての食物はアルザークの御名に於いて等しく高貴なものです!」
「一つ!古きを知り新しきを学ぶ者はアーメスの加護を与えられェ、」
「読み終わった漫画は古紙回収ではなくアルザーク王子殿下へ捧げるものです!」
「それら全てはァ、『唯一神の冥府揺るがす威光を須く知らしめんが為に』!」
「……………」


ビシッと言い放った俊に、然し日向は沈黙した。ウァンコートが眉間を手で押さえ、堪らず吹き出したフレアスロットの笑い声が響き渡る。


「ギャハハハ、そいつぁ良い!漫画の読み過ぎたぜアル。絵物語に出てくる勇者の名台詞がラグナザードのものだって知らねぇのか、第一王子殿下は」
「ピナタ、輪唱」
「ゆ、唯一神の、ぐ…冥府揺るがす、い…威光を、………須く知らしめんが…為に」
「良く出来ました、あっちで反省してなさい」

憎むべき敵国の皇帝へ送られる宣誓をイヤイヤ口にした日向は、屈辱の余り無表情で愛剣を撫でている。
何でも良いから今すぐ切り捨てられるものはないかと血走った眼で辺りを見回す光の王子を、ウァンコートが涙目で見つめていた。


「…閉まらないドアは死刑」
「粗大ゴミは廃品回収に出して小遣い稼ぎしろよ、ピナタ」

立て付けが悪くなった扉をスパっと切り捨て、満足したのかそれとも気力が尽きたのか、俊に言われるまま切り捨てたドアを抱え団長執務室へ消えていく背中が哀れだ。


「つか売り払ったら俺に30ベネラ寄越せ。小銭大好きですっ」
「「………」」
「良し、邪魔者も居なくなったコトだ。とっとと吐けや」
「はぁ?」
「ピナタにはチクんなよ。あ、ウァンコートも知恵を貸せ、俺もおっさんも阿呆だからな」
「放っとけ。何げに失礼な奴だなアル、俺ぁこう見えてもフィリス侯爵だぞコラ」
「ふ。筋肉ダルマだろ、ただの」
「テメェコラ、黙ってりゃそれなりに男前の癖に可愛げのねぇ」

朗らかに口論を繰り広げている似たり寄ったりな二人を見つめるウァンコートの瞳は、然し反して真剣な色合いを宿していた。


「団長には内密に、ですか」

注ぎ直した庶民の味である黒煎茶を一口含んで、フィリス伯爵でもあるウァンコートは背を正す。

「態々アルザーク殿下がお越しになる程の事がありますか?」
「明日にはストラから快速船が来るだろ。おっさんの名前借りて、さっき伝書ニャムル飛ばしたからな」
「ジャスパーの所にか?何でまた」
「ラグナザードに占領されてなくて、フィリスと交流がねェ国はストラしかない。
 シュヴァリエ海底都市はぶっちゃけラグナザードの支配下にあるって、じいちゃんがほざいてたからな、確か」

大昔、大規模な地盤沈下で大陸ごと沈んだと言われるシュヴァリエは、海底三百メートルにある都の周囲を特殊な壁で覆っている。
その壁は海面から突き出し、巨大な煙突の様に見えるのだと言うが、実際はベスタウォール製の魔導具により壁は景色に溶け込み、海面に巨大な穴が空いている様にしか見えない。


一世紀前に海底地震が起こった。

その際、当時老朽化が進み酷く脆かったシュヴァリエの壁の一部が崩れ、あわやの惨事になったそうだが、それを迅速に支援し今の特殊な壁を作らせたのが当時のラグナザード皇帝だったと言う話は有名だ。
絵物語にも度々登場する名場面である。


「ストラの海賊王から呼ばれたんじゃ、流石にうちの石頭共も無視出来ねェだろ」
「団長を追い払ってどうするつもりなんだ、お前」
「バスティール遺跡に行く」

俊の言葉にフレアスロットが首を傾げ、何か思い当たったらしいウァンコートが弾かれた様に顔を上げた。


「旧時代に空港として利用されていたと言う、巨大廃墟ですね。そしてあそこには、」
「俺が生まれた時にじいちゃんが押し付けた、俺と同じ名前の飛行船が置いてあるんだ」
「思い出した、今じゃフィリスの船はベルハーツ号しか動いてねぇからなぁ」
「国から出ない親父には要らねーもんだからなァ、置場に困ってあそこに仕舞ったまま一度も稼働したコトがねェ」
「二十年近く樹海の奥に眠っていた船が動く筈ないでしょう!ああ言うものは優れた整備士が定期的に点検しなければ、」
「それが動くんだなァ」

俊が自分の上衣に施された喉元の金細工を弄ぶ。


「『優秀な整備士』が、毎月人知れず点検してたからねィ…」
「あー…、成程なぁ」

フレアスロットが唇に笑みを刻み、俊が弄ぶその傷だらけの首輪を作った男の顔を思い浮べた。


「そんだけ金細工汚されといて、何でアイツが発狂しねぇのかと思ってたんだ」
「…成程、僕にも合点が付きました。アルザーク殿下の衣装は半日で原形を失うんでしたね…。
 なのにリヒャルトはニコニコ新しいものを拵えていた。


『男の子はこれくらい元気じゃないと』


 なんて、ただの建前ですか」
「フィリスに二つとないラグナザード製の精密機械に触れる機会を、あのリヒャルトが逃すと思うか?奴は芸術家であると同時に科学者だからなぁ…」


物静かなリヒャルトが、ベルハーツにではなくアルザークにばかり懐いている理由が漸く理解出来た。
彼はベルハーツに忠誠を誓っているのではなく、黎明騎士団に忠誠を誓う数少ない男だ。トロイ=カッツィーオに並ぶ隊長格だが、その性質上小隊長に収まっている。

そんな男だが、戦場に在ってもアルザークの姿を見付けたなら血塗れの剣を放って戦線離脱する。黎明騎士団に刃向かう敵には容赦しないあの『気違い』が、だ。


「いつからそんな隠密行動を取らせてたんだぁ、アルザーク王子殿下?」
「俺が初めてバスティール遺蹟を発見した6歳の頃からだな」

ラグナザードの国旗が描かれている今や旧式の飛行船を、十年以上ずっとずっとその手で愛でてきたのだろう。
天頂の女神を蹴り割られている様子をほのぼの眺め、『形在るものは軈て壊れるものです』などとのたまっていた理由が、これで明確になった。



「いつかラグナザードに行くつもりだったんだ。一度ピヨンを遊園地っつー所に連れてってやりてェと思ってたし、燃料も問題ねェ。
 ガヴァエラのじいちゃんトコからパクってある」
「王子が他国のものを盗むなよ…」
「ンなもん、バレてもこう、首を傾げて『じいたま、ごめんにょ』って可愛く言えば万事解決だ。俺の可愛さは世界を征服するんだ、知らんのか」
「サロム法王にだけ、でしょう」
「ああ、シャナ国王とベル団長にも有効だぜぇ…」

二人に諦めとも呆れとも窺える笑みが浮かぶ。
飲み干した黒煎茶のカップを掲げ、フィリス第一王子は珍しく笑顔だ。



「然し我々は黎明騎士団の騎士。幾ら団長の兄上であろうと、見過ごす事は出来ません」
「俺らは自尊心の高い兵隊だからなぁ。従わせたいなら、それ相応の権力を振りかざして貰おうか。
 アンタが嫌う、フィリス王子の権力を」

「必要ねェ。」



その名の前では太陽神アーメスでさえ拒絶する事は許されないに違いない。
だからこそ精霊の国を守護する黎明騎士は、揃って敬意を払い跪いたのだ。



拒絶する事は許されないに違いない。例え、月の女神ルミナスでさえ。






「見ろ、
 ………黄昏が近いぞ」



燦然と輝く神秘的な黒曜石の前では、全て。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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