紅き黎明の花嫁

唯一神の住まう玉座

始まりの港ジェノ・ウェ・ポート

空は大陸全土を被う砂漠の黄砂によって重く霞んでいる。




「いらっしゃいいらっしゃい、アストリアレイク名物だよ!さぁさぁ、一度は食べてみな!」
「今日も赤字覚悟の大安売りだ!寄っておいで見ておいでっ」
「見世物小屋開幕だ!ロドキャットの火の輪潜りにエルボラスの空中綱渡り、どうだいどうだい見てかなきゃ損だよ!」

人々は誰一人空を見上げる事なく生活し、けれど活気だけは失われていない。



ラグナザード大陸東、アストリアレイク区ジェノ・ウェ・ポート。


僅かばかり残る自然も他国に比べれば粗末なものだが、水産農林工業と揃った産業都市であり、出入国の半分はこの地を介している為、最も多民族が行き交う街だ。



「着きましたよ、殿下。起きて下さい」
「ぅむん。ンァ?…おう、ご苦労リヒャル卜。うっかり寝ちまってたァ、ココ何処だィ?」

甘いミルク茶の様な、乳白色掛かった茶の長い髪を一纏めにした翡翠色の優しげな瞳の男に起こされて、金色の三つ編みを揺らしながら蒼い目を擦る少年が降り立った。

「ラグナザード大陸の最東端、アストリアレイクの港町です。
 此処はジェノ・ウェ・ポートと言う主に国外船出着用の港で、我々が入国手続きを受けている間だけ此処に留まります」
「どんくらいだ?土産買うくらい時間あんのか?」
「さて、何処の国も税関は込み合いますからねー。数時間程度は懸かるのではありませんか?ゆっくり見て回っても大丈夫ですよ、戴冠式はまだ先ですから」
「ラグナザード中、巡れっかなァ」

光輝く飛行船には数多の宝石や鉱石が散り嵌められてあり、街を行き交う全ての人間の視線を独り占めにしている。
其処から今正に見目麗しい二人の青年が降り立ったとなれば、商売人の手も口も止まると言うものだ。

「アル…じゃなかった、ベルハーツ殿下。どうしましょう、私もラグナザードは初めてなので、まずは宿場通り辺りで腰を休めましょうか。
 それとも漫画で良くあるヒッチハイクと言う手法を試してみますか?」
「ふむ、この俺の溢れんばかりの色気でギャルの鉄翼車を華麗にキャッチか!」

どちらかと言わなくともリヒャルトの方がフェロモンを垂れ流している。

「貸し鉄翼車を借りますか?国外免許ならありますよ、ガヴァエラで取得しましたから」
「あー、どうすっかな。来たのはイイけど、その先の事なんて考えてなかったからなァ。とりあえず黒炭酸か赤炭酸が飲みてェ」
「炭酸水ですか。フィリスじゃ滅多に飲めないですもんねぇ」
「ぴよん、トトたべる〜。トト、ぴよん、トトすき〜」

ニコニコと町並みを眺めている青年の隣、眩いばかりの外見を備えた少年の肩に乗っている綿毛が小さな翼をはためかせた。
純好青年の翡翠色の瞳が柔らかく解れ、美少年ではあるが何処か不機嫌そうに思えた蒼い瞳に満面の笑みを滲ませる。


「そうだな、ピヨンお腹空いたよなァ」
「ぴよん、からくてあまいトトたべる〜。ぴよん、みゆくすき〜」
「ラグナザードにはフィリスには無い色んなお菓子やミルクがありますよ。まずは通貨交換所を探して、フィリス通貨を交換して貰いま、




 ………あれ?殿下?」


綿毛を乗せた金髪の姿が消えている事に気付き、リヒャルトの表情も僅かばかり焦りを見せた。

が、探し人はそう離れていない露店の前であっさりと見付かった様だ。



「らっしゃい、アンタ見かけない顔だねぇ。フィリスの船から降りてきたみたいだけど」
「じゅるり。おう、ちょっくら旅行に来たんだ。そんでおばちゃん、その丸っこいの食える?」
「じゅるり。ぴよん、トトすき〜、じゅるり」
「おんやまぁ、アストリアレイク名物のタコ焼きを知らないなんて、フィリスはやっぱり田舎なんだねぇ。そっちの不細工なニャムルも、随分珍しい毛色してるし」
「ピヨンの何処が不細工だとこの野郎、俺のピヨンほど可愛いニャムルが存在するか」
「お〜じさま、せかいいちかっこい〜。お〜じさま、だいすき〜」
「俺もだァアアア!!!!!」

一人と一匹が異様に甘いムードを醸し出している中、何かに気付いたらしい店主は元々丸い目を益々丸く見開かせ、パンパンと手を叩いた。

「王子様って事は、まさかアンタがベルハーツ王子様かい?!
 まぁまぁ、道理で赤い服を着てんだねぇ!」

恰幅の良い女性が上げた大声に周囲の人間へどよめきが走り、黎明騎士団を示す太陽の腕章を携えた緋色の軍服を纏う金髪の少年へ視線が注がれる。

「ベルハーツ=ヴィーゼンバーグ…です」
「ぴよん、です〜」
「フェイン神帝陛下の戴冠式にお越し下さったんなら仰って下されば良かったのに。
 ああそうだ、これ口に合うか判りませんけど、どうぞ持ってって下さい」
「え、良いの?でも俺、五百ベネラしかないにょ」
「ええええ、お代なんて結構ですとも。お声を掛けて頂いただけでアタシぁ光栄ですよ。
 そっちの可愛いニャムルちゃんも、アストリアレイク名物食べとくれよ。美味しいよ」
「じゅるり、ぴよん、トトぜんぶすき〜。まぁるいトト、たべる〜」
「あれ、こっちの屋台は黒炭酸だらけじゃねェか!ハァハァ、おっちゃん、一本幾ら?」
「ええっ?そんなそんな、光のベルハーツ様からお代なんて預けませんよっ。どうぞどうぞ一つと言わず箱ごと持ってって下さい!」
「しゅわしゅわ〜。ぴよん、しゅわしゅわみゆく、すき〜」
「でもそんなに貰っちゃ商売上がったりだぞ?えーと、

 …非常食のうんめー棒とインスタント黒煎茶しかねェ。

 おっちゃん、お礼に粗挽きリブルラムルやるよ。こんな安モンで悪ィけどさァ…」
「ひ、ひいっ、こっこここんな高級品とても貰えませんよっ!
 これを交易商へお持ちになれば百万ベネラは下りません!どうぞ是非とも交易商へ持ち寄られて下さいっ、うちの息子が勤めているので!」
「百万ベネラって、うんめー棒どんくらい買えるんだァ?んーっ、この丸い食いモン、タコ焼きだっけ?ちょー美味ェ!んまいっ、フィリスでも食えたら良いのに!」
「まぁるいトト、んまぃ〜。ぴよん、まぁるいトトすき〜」

どうやら一瞬で人気者になってしまったらしい少年とニャムルは、次々に貢がれる食べ物を片っ端から頬張っていた。


その豪快な食欲に皆の喝采が沸き起こる。


「きゃあ、ニャムルちゃん頑張って食べてね!」
「光の王子っつーからどんなお貴族様かと思やぁ、ジークフリード閣下と同じ話が判る王子様だ。よっしゃ、オレん所のエルボ串焼きも持ってってくんな!」
「エルボラスかァ、目玉蹴り飛ばして腹殴ればすぐ捕まえられるんだよなァ。もきゅもきゅ、…ん〜まい!」
「お〜じさま、むしゃむしゃ。えるぼらすよりつよい〜。むしゃむしゃ。お〜じさま、せかいいち〜」
「何と!流石黎明のベルハーツ様じゃ、あのエルボラスを自ら討伐なさるとは。どうかうちの店もご覧下さいな、ラグナザードの白胡麻を練り込んだ焼き菓子ですじゃ」
「む。これはアレじゃねェか、カルマフォートの勇者がお腰に付けた道具袋に入ってる甘煎餅!
 ピヨン、クッキーだぞクッキー、良かったなァ」
「孫娘が焼いておりますが、まぁお陰様で今じゃちぃっとした名物品でしてなぁ」
「むしゃむしゃ。んまぃ〜、あまぃ〜。ぴよん、かたいトト、すき〜」
「何喰っても美味ェなァ。あ、タコ焼きおかわりィ」

怒濤の食欲止まる所知らずの声に近付いたリヒャルトは、人混みに揉まれよれよれながらものんびりと微笑みを浮かべていた。


「殿下、すっかり皆さんと仲良くなられたんですねー」
「おう、リヒャルト。お前もこのタコ焼き喰つてみろ、相当美味いぞ」
「まぁまぁ、何ですかい、それじゃあこちらの良い男が彼の有名な黎明騎士リヒャルト=ロズシャン様かね?
 おやおやまぁまぁ、美丈夫だねぇ、目の保養になるよ」
「私など団長の足元にも及びません。カッツィーオの方が、女性からお誘いを受ける事も多いですし」
「へえ、死神トロイ=カッツィーオと言やぁ、うちのフォンナート閣下に並ぶ優男だと聞いたが、アンタが負ける程の男だとはなぁ」

ご婦人に囲まれたリヒャルトが誉められているのがどうも気に食わないらしい男が、静かに眉を寄せている。
菓子クズで汚れた頼を小さな前足で拭っていた綿毛が、それに気付いたのか小さな首を傾げ、

「アルお〜じさま、せかいいちかっこい〜にょ。アルお〜じさま、かつおよりはやい〜。かつお、たんそくにょ」
「何だぁ、随分下手糞な喋り方をするニャムルだなぁ。お前さんの言うアル王子っつーのは、もしかしなくてもあのアルザーク殿下様の事かい?」
「かつお、あしおそい。ぴなた、アルお〜じさまにおこられるにょ。アルお〜じさま、せかいいちつよいにょ。せかいいちかっこい〜にょ。ぴよん、お〜じさま、すき〜」
「はっはっはっ、何か良く判らんが、ベルハーツ殿下より格好良い奴が、フェイン陛下以外に存在する訳がねぇ!」
「ニャムルはご主人様に忠実じゃねえといけないな。ベルハーツ様の前で、よりによってあの闇のアルザーク王子を誉めるたあ、捨て置けねぇ。
 ですよねぇ、ベルハーツ様!」

盛り上がる一同にリヒャルトが笑顔で青冷めていく。
ぱたぱた飛び回る綿毛が豪快に笑う男の顔をパシパシ叩いているが、その可愛らしい前足による攻撃はほぼ効いていない。

「アルお〜じさまのわるぐちいう、おまえきらい。ぴよん、おまえきらい」
「やめろピヨン、行くぞ」

笑っていた全ての人間から笑みが消える。
円らな瞳を眇めて威嚇のポーズを見せる黄色い綿毛が、その声に振り返った。

「ぴよん、まぁるいトトいらない。しゅわしゅわもきらい、ばいば〜い」

食べ掛けの貢ぎ物からぷいっと目を逸らし遅いながら飛んでいくニャムルを、人々はただ呆然と見送るしか出来ない。


「ピヨンが此処に居た事を感謝するんですね。いえ、殿下が殿下であった事を感謝しなさい、と言いましょうか。
 …貴方達は我がフィリス永世中立国を敵に回し掛けたのですから」

リヒャルトが人の好い笑みのままそう呟けば、既に金髪の王子は人混みに逆らって歩き始めている。
今までの快活な表情が嘘の様に底冷えするものヘ変化し、彼を取り巻いていた人々は怯んだ様に道を開けていった。


「殿下の御前でなければ、今頃この私が貴方達の喉を切り裂いていたでしょう」


黒と金の軍服で身を包む中性的な美貌が、一度だけ笑みを消した。





「目に映るものばかりが全てではないと知るが良い、



       …愚かな人間共よ」



それはまるで、魔王に並ぶ威圧感を秘めた、…瞳。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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