紅き黎明の花嫁

唯一神の住まう玉座

漆黒と混沌の相違類似

昼間の淀んでいた空が嘘の様だった。



「夜空は綺麗なもんだ」

澄んだ宵闇のスクリーンには、神秘的な光を帯びた銀月がぽっかり浮かび上がっている。

「つまり、急激な気温変化が上空を無風状態にして砂を落としちまうのか」
「今、俺が説明した筈だが」

ふ、とシニカルに笑った男の隣で静かな声音が零れた。

「ふ…、俺も中々博学的な男だにょ」
「しゅんさま〜ぽんぽん、まぁるい?ぴよんのあかちゃん?」

昼間とは真逆に肌寒くなった月明かりの町並みを、何処に居ても騒がしい一人と一匹が膨れた腹を抱えながら歩いていた。
くしゅん、と派手なくしゃみ一つ、四季通り朝も昼も夜も暑いフィリスとは違い、北国ガヴァエラまでいかずともラグナザードの夜は充分寒い。

「俺の子供がピヨンのお腹に、俺の腹に…誰の子だ?」
「かいのあかちゃん、かい、おか〜さん」
「ふむ、認めたくないが俺の腹にお前の子供が居ます。責任取れ、お母さん」

その騒がしい人影の他にもう一人存在した様だ。余りに大人しい為、通り過ぎる人々も至近距離まで近付いて漸く気づくのか、明らかに狼狽している。
ぶつかる間際で眉を寄せた鎧男がすっと躱しているので、今の所人身事故は起きていない。


「…一般的に、孕ませた側は父親になるのではないのか」
「一万ベネラも奢ってくれた癖にケチケチ言うな。俺はなァお前、ピヨンの子供のお父さんだぞ。お父さんはいつでもお父さんだろ、うっかり性転換しても父は父だ」
「にゅ〜は〜ふ。ぴよん、にゅ〜は〜ふ、なるにょ?」
「何を言うんだピヨン、お前はいつでも俺の可愛い花嫁だぜ。今更女の子にならなくても、俺の目にはお前しか映ってねェのでございますのょ」


どうやら綿毛は男の子だった様だ。


「…雄か」
「ぴよん、ちんちん、ついてます〜」
「…」
「で、これからどうするんだカイ…いや、母ちゃん。父ちゃんは腹が膨れて何だか眠いぞ」

フィリスでは兄を甘やかす事に人生のテーゼを見出だしているベルハーツ王子が存在する為、ラグナザードだろうが今現在迷子になろうが何処までもマイペースな我儘を地で行く俊に、然し怒る者も無ければ突っ込む者もない。

「地上へ切り替わるマグネスカレータライン沿いを少し行けば、4区シエスタ自治領だ」
「此処より明るい?」
「ああ」
「えっと、…確か背中の中にリヒャルトからパクった旅行案内があった様な…」

突き出した腹を抱えつつ、三つ編みが揺れ踊る背中を漁っていた男がニヒルに笑う。どうやら背中に隠していた筈の薄っぺらい本は、うっかり尻の方まで下がっていたらしい。


「あった、尻で温めてたみたい。おぉう、ほかほかじゃねェかァ」
「ほかほか〜。しゅんさま、おしり、ほかほか〜。ぴよん、おしり、ほかほか?」
「ほかほかでふわふわで、大好きだーっ」
「かい、ぴよん、すき?ぴよん、かい、すき〜」
「そうか」
「…母ちゃん、どうやら俺達のガルマーナ離婚が確定した様だ。短い新婚生活だったな」

俊の嫉妬が最高潮に達したその時、先を行く男の肩にちょこんと収まっていた綿毛がくるりと振り返り、「しゅんさま、ばいば〜い」と言う無慈悲な一言を残した。

「りこん、かい、ぼしかて〜」
「母子、ではなく父子だろう。そもそも人にニャムルは孕めん」
「ぴよん、おさらあらい〜。かい、さいこん。しゅんさま、こどくし」
「きゃーっ!孤独死なんていつ覚えちゃったのピヨンーっ!賢くて残酷な女神ちゃんんんんん!!!」

涙ながらに全力疾走で追い掛けていくフィリス第一王子は真剣だ。

「ピヨン、ピヨン、俺が何か気に障る様な事してたんだったら謝るから、そっ、そんな悲しい事言わないで頂戴。うっうっ、もう生きていく気力が尽きちゃう、死んでしまいそうにょ」

大仰に噎び嘆く俊を円らな瞳で見つめた綿毛が、コトリと小首を傾げた。

「しゅんさま、しんじゃうにょ?しんじゃう、ねんねすること。おめめ、ねんねして、おきない?しゅんさま、ずっと、ねんね?」
「…死んだ者は二度と目覚めない。生ける魂は老いる運命、老いる者は等しく全て滅ぶ」

それはまるで雲一つ抱かない静かな宵闇のスクリーンに似た、酷い静寂を宿す声音だった。


「ぴよん、しゅんさま、だいすき。しゅんさま、ねんね、おきない、やー。しゅんさま、しぬ、めー」

その人のものではない幼い声を近くで聞いた紫水晶が、緩く細められる。

「そうか。お前が望まぬのなら、飼い主が死する日は遠いだろう」
「かい、しゅんさま、だいすき?しゅんさま、いっぱい、やさし〜にょ。しゅんさま、いっぱい、だっこしてくれるにょ。たかいたかい、いっぱい、するにょ」
「神は万人から慕われるのではない。同様に、お前が愛す者を等しく全ての生命が愛するとは限らない」
「かい、しゅんさま、きらい?かい、ぴよん、きらい…」



風を切る音を聞いた。
殺意のない、けれど純然たる殺傷能力を持った何かが上方から近付いて来る気配。





それは穢れを知らない闇に似ていた。
| → | 戻る | INDEX
©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!