紅き黎明の花嫁

唯一神の住まう玉座

不夜城へ続く街道

 王を求め駆けた月の女神は嘆く
 愛の証に 抱えきれぬ富名声
 愛する男は 姫を抱く

 神を求め駆けた暁王は気づく
 愛の証に 魂捧げ
 届かぬ空から目を逸らす






『赤子の時分、乳母から語り聞いた話だ』

眠りに落ちる間際、聞いた様な気がする静かな歌声。冷えた指先が髪を撫でて、腹の上には小さな綿毛の温もり。

『ラグナザードの神は月。月条旗の元、…闇に生きる砂の大陸』

眠りに落ちる間際、聞いた様な気がする寂しい声音。熱を奪っていく指先が額を撫でて、



『お前の黒は、美しいな』


どんな表情で囁いているのか。
夢の中からは、確かめる事も出来ずに。















考えるより早く動いた躯は闇を翻り、己が先程まで立っていた場所に佇む存在を認めて無意識に目を見開かせる。


「テメー、ピヨンを苛めやがったか…?」
「お前…」

月の光が照らす異国の子供を、何処か呆然と見つめる紫の瞳。
反応出来たのは奇跡だったのかも知れない。普通の人間には空耳と錯覚させる程度の微かな音だけが、空から降ってきたのだ。


闇に溶ける黒髪が舞う。
ゆらり、粉塵を巻き上げる気配。

来る、と。
無意識に剣へ伸ばした指先は、然し目前に割り込んだ黄金に阻まれた。


「しゅんさま、かい、いじめる、めー。しゅんさま、かい、きらい、やー」

飛び退けた際、振り払われたらしい肩の重みがまた舞い戻ってきたのだろうか。幼子の甲高い声音が、月光を纏う酷く神々しい生き物へ訴える。

「かい、トト、くれたにょ。かい、しゅんさまの、おか〜さん。かい、きらい、めー」
「………ちっ」
「かい、トト、くれたにょ。かい、しゅんさまの、おか、おか〜さん、ふぇん」

円らな瞳が刺々しく歪んだ刹那、うるんと滲む。こうなれば結果は見えたものだ。

「…はー。はいはい、判った、判ったよ。俺が悪かった、だからそんなに睨まないでくれピヨン」
「しゅんさま、ごめんなさい、するにょ。いじめっこ、ごめんなさい、しないと、しゅんさま、いじめっこ、やっつけるにょ」

初めから何もなかったかの様な呆気なさで、それはまるで一夜の夢の様な儚さで。



「…ごめんなさい、おかーさん」

跡形もなく消え去った、何か。
酷く良く知っている、人外の力が働いた『匂い』。



(神が愛した力と同じ)
(有り得ないと呟きながら)
(その澄み切った黒だけを網膜に)



「畜生、もうちょっとで踵落とし決まってた筈なのに。…俺、足技苦手なんだよなァ。ちっ、修行が足んねー」
「不得意に分類されるのか、あれは」
「お前が奢ってくれたイイ奴じゃなかったら、躊躇いなく拳骨の雨を降らせてやってた」
「しゅんさま、いじめっこ、やっつけるにょ。しゅんさま、つよい、かっこい〜」
「そんなに褒めるなょピヨン、照れるじゃねェか…」
「かい、しゅんさまより、でっかい。かい、たかいたかい、すき?」

ぱたぱた小さな翼をはためかせる生き物に、手を伸ばした。
見た目通り大して重みのない生き物は、然し誰よりも生命力に満ちた純粋な瞳で見つめてくる。


「…ニャムルに触れるのは、初めてだ」
「ラグナザードじゃニャムルと一緒に暮らさねェの?でもラグナザードじゃよォ、カイザーニャムル飼ってる金持ちが居るって聞いたぜ?」
「良く知った男がニャムルを従えているが、触れようと思った事はない」

言葉の少ない男を横目に、案内本を捲りながら三つ編みを揺らす背中が跳ねていく。

「ふわふわなピヨンを抱き締めて寝ると、イイ夢が見れるんだ」

歌う様な揶揄う様な、生命力に満ちた声が月の光を追う様に静寂を貫いた。

「何だったら、今夜だけピヨン貸してやってもイイぞ。まァ、ピヨンが俺と一緒じゃなきゃ嫌だって言うかも知れ、」
「ぴよん、かいとねんねする〜。かい、ぴよん、ねんね〜」
「…俺もテメーのベッドに潜り込んでやる。腕枕用意して待ってろ」

踊る三つ編みがピタリと動きを潜める。振り向いた漆黒の双眸が射抜く様にこの身を貫いて、

「拒否権は無いのか」
「あると思ってやがんのか、カイの癖に、あ?その鎧売り払うぞコラァ」
「…人権から与えられて居ない様だな」

その傲慢無礼にも程がある物言いでさえ、怒りの対象にはならない。

「えっと、シエスタだっけ?えー…何々、

『多くの空軍貴族が住まう白と金の街は、ファルクート=ザックス軍事局長の出身地であり、ラグナザードの英雄グレイブ=フォンナート閣下が統治する美と自由の象徴都市』

 …だって。遊技場も遊園地も此処にあるのか?!」
「ああ、シエスタ自体には美術施設や劇場、実際は隣接する12区に他の娯楽施設の殆どが点在するが、統治するのは4区議会だ」
「ラグナザード最高位の歓楽街、世界最大級の娯楽街…うわァ、何か良く知らんけど凄ェな…」

ガルマーナ南、地面から顔を出したパイプが真っ直ぐ伸びていた。滅多に通り掛かる者が居ない為か、剥き出した透明のパイプは砂埃に塗れ、町中では人工土に覆われていた地面も所々ヒビ割れ砂肌が顔を出している。

「土産物は商店街で!…か。小遣い足りっかな、また何か売っちまおっかなー」

歩くには適さない環境だが、足場の悪い所に慣れている俊にも恐らく軍人と思われるカイにとっても苦にはならない様だ。

「シエスタは中央区に続く広大な街、ヴァルヘルムで最も栄えた商業都市でもある。
 直通のマグネスカレータに乗り込めば、数分でセントラル領だ」
「マグネスカレータって一日中運行してんだろ?このまま次の街に着いたら、すぐに切符買ってもイイんだよなァ。電車でも寝ようと思えば寝れんだろ、俺だし

首の骨をポキンと鳴らす俊を冷めた眼で眺めた長身は、

「…構わんが、中央区への立ち入りには許可証が必要だ。国籍証明を所持しているのか?」

ヘラリ、と曖昧な笑みを浮かべる俊に、全く表情の変わらないカイの視線が注がれる。

「大事なモンは、…全部リヒャルトが持ってるにょ」
「だろうな。…俺の証明書では扶養者の記録が無い。特別許可の申請を受けねばならんな」
「特別許可?迷子になりました、ってか?…冗談だろ」
「お前もニャムルも、身分証明が無ければラグナザードを歩くだけで危険な立場だ」
「そりゃお前、男は皆エルボラスだけどなァ。俺はいきなり女性に襲い掛かる様な男じゃねェ。ピヨンだってお前、色気より食い気のお姫様だからな。
 …いや、王子様か?」
「中身はともかく、外見が。…悪目立ちする」
「かく言うテメーさんも黒髪じゃねェか」
「黒髪ならばともかく、」
「黒眼の人間なんか存在しねェ、な。…はン、だったらこの俺は何だボケ」
「おい」
「判ってるっつーの。…ピヨンが居なかったらこんな世界潰してんだよ、ハゲ」
「かい、はげ、ちがう。かい、ふさふさ」

若い頃は大陸一の貴公子と謳われていたらしいシャナゼフィスよりも、まだ背が高いカイの頭に乗ったピヨンは何処となく誇らしげに胸を張っていた。


…いや、腹を張っていた。


「かい、しらが、ない。まっくろけ。たいし、しらが、いっぱい」
「タイシ?」
「大志、うちの親父だ。ピヨン、あれは白髪じゃなくてな、色褪せた金髪って言うんだょ。うちの髭ジジイが本物の白髪なんだ」
「ぴよん、じ〜ちゃん、すき〜」
「あの髭ジジイ、今度意味もなく殴ってやる」

世界の至宝とまで謳われる黄金王シャナゼフィスや銀髪の法王サロムをそこまで罵れるのは、世界の何処を探しても俊だけだろう。

「ぴよん、トト、さがす〜」
「おう、カイに奢って貰ったお陰で、服売った金いっぱい残ってるからなァ。おやつ沢山買ってやれるぞ。
 夜は寒いから、ピヨンに丁度良いエルボラスの毛皮でも買うか」

大昔に絶滅した狼と多種族の混血だと唱えられているエルボラスの毛皮は、何処の国でも大抵安い。
褐色の短毛は耐久性に乏しく、人間が身に纏うには不向きなのだ。一般には家庭の装飾品として、または小動物の外套として売られている。

「服?」
「弟のを売ったんだ。ま、同じ奴をリヒャルトが持ってるし、2着くらい無くなっても気付かねェだろ。気付いても黙らせる。ふ、兄はいつでも強いのだょ」
「ぴなた、しゅんさまより、よわい。
 でも、かつお、ぴなたより、よわい。
 かつお、わんちゃんより、つよい。
 わんちゃん、おこると、いっぱい、こわい。
 でも、りゅーと、もっともっと、こわいにょ」
「…全く判らんが、つまりリュートと言う人間が最も強いのか」
「ちがうにょ。りゅーと、しゅんさまより、よわい。りゅーと、おこっても、しゅんさまには、よわい。しゅんさま、せかいいち、つよい。かっこい〜にょ!」
「アイツらなんぞ、この俺の敵ではないわァ」

高笑いする俊を横目に、興奮した綿毛が転げ落ちてくるのを受け止め、今度は肩の上に乗せた。
然しピヨンはパタパタ羽ばたき、再びカイの黒髪へ腰を休める。

「また落ちる」
「ぴよん、かけっこ、おそい。ぴよん、たかい、むり。かい、でっかい、ぴよんより、はやい」

つまり飛行能力に欠けている事を自覚しているらしい綿毛は、俊よりも大きいカイの上に乗る事で自分が早く高く飛んでいる気分になれるのだろう。

「ぴよん、かけっこ、いちばんなる〜。かい、かけっこ〜!」
「頭上で走るな」
「しゅんさまより、おっき〜にょ!」

その長い足が一歩進む度にパタパタと小さな翼をはためかせ、円らな瞳を何処と無く輝かせていた。
興奮が滲む口調は楽しげで、表情がないニャムルとは思えない。

「かい、お〜さまより、でっかい。ぴよん、お〜さまに、たかいたかいしてもらうにょ。たのし〜にょ!」
「王様?」
「コラ、ピヨン。さっき女将の姉ちゃんが言ってたからって、ラグナザードの王様になんか会える訳がねェだろ、ア、アハハ…」

急ぎ駆け寄ってきた俊の手に捕まったピヨンが、目に見えて落ち込む。
綿毛の丸みを帯びた小さい前脚で口元を押さえ、後ろ足で蹴り付ける様に頭を引っ掻く光景は、悪い事を言ってしまったと言う自責の念で悔いている様だった。

「ぴよん、ばかにゃんこ。
 ぴよん、ぶさいく。
 ばか、たんそく、あっちいけー」
「コラ、そんな事言うな。俺の可愛くて賢くて尻尾が長い、ピヨン」
「ぐす、ぴよん、いらないこ。わるいこ、しんてい、たべる」



 悪しき子は 神に背き 永らえぬ
 最西の果て 砂城の月 神帝ぞ
 闇の欠片を 残さず屠る




吟遊詩人が歌う歌を、思い出した。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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