紅き黎明の花嫁

唯一神の住まう玉座

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「ふぇん」
「ピヨン、」

フィリスに流れやってきた吟遊詩人が歌う、英雄の歌。
母親が子供を叱る時に決まってこの歌を口ずさむ。闇の眷属である【悪】は、月宵の神ルーク=フェインによって裁かれると言うのだ。
未だ貧困極まる国ではこれを大義名分に、産んだは良いが育てられない子供や、口減らし目的で老人を山に捨てる様な風習さえある。

世界の覇者の名を持てば、悪さえ善になるのだ。忌々しげにいつか吐き捨てたガヴァエラの祖父を思い出し、腕の中に捕まえた綿毛をそっと撫でた。
月の光を帯びてきらきら煌めく黄金色を。

「幾ら神帝だって、こんな可愛いピヨンを食ったりするもんか」

漫画の中の英雄は子供の憧れだ。
何度も繰り返し読んで随分くたびれた本は、何度読んでも毎回興奮する。世界の覇者。強ければ全てが善になる、それは判る。
全てが正しい訳ではない筈だ。政治に良い悪いはない。実物を知らずに言えた義理ではないが、同じ第一王位継承者として他人の様な気がしないのだ。

好き嫌いは、ともかく。

「王様に会えるとイイな、ピヨン。何だっけ、ラークだかレークだか、」
「…ルーク=フェイン」
「そう、それ。フェインだったな、フェイン。カイは見た事あんのか?お前、何か騎士っぽいけどさァ、やっぱラグナザードの王様って偉いんだろ?
 あ、まだ王子だっけ」
「へいん、しゅんさまより、えらい?」
「そりゃそうだろ、何処の国でも王様が一番偉いんだ。然もピヨン、フェインって奴はとんでもなくイイ男で、とんでもない魔法を使うんだってフレアのオッサンが言ってたぞ」
「へいん、かいより、かっこい〜にょ?」

はたり、と。
沈黙した一人と一匹の二対の瞳が見つめてくる。
月の光を帯びて金色に輝く黒曜石の双眸と、ニャムルには珍しい黒に酷似した茶の瞳が。


「…いや、幾らカルマフォートの勇者でも、カイより凄ェって事はなさそうだぞピヨン。パン屋のセリスちゃんが言ってたけどな、カイみたいな顔を『絶世の美男』って言うんだ、確か」
「ぜっせーにょ、びなん〜」
「ピナタより何かエッチィだろ。…アレがきっとフェロモンって奴なんだ、ギャルゲーのヒロインみたいに!」
「かい、ほるもん?ぴよん、ろどきゃっとのほるもん、すき〜」

ロドキャットとは元々鳥類だったとされる生き物の進化系で、尻尾に鱗のある哺乳類だ。
総じて翼があり、ニャムルとの混血ではないかと噂されるものの定かではない。母体から直接子が産まれるのだが、その飛行能力はカイザーニャムルに並ぶとされている哺乳類最速。一昔前までは空輸便として使われていたものの、魔導具の普及に伴い鉄翼車や飛行船が発達すると、次第に食用へと移り変わっていった。

因みにロドキャットの臓物は淡白で、女性に人気がある。

「ロドキャットのホルモンは、パニ芽と一緒に焼くと美味いんだよな…」
「じゅるり」
「…何の話をしている」
「こっちの話だ、勝ち組は黙ってろ。男は顔じゃねェ、心だ心。判ったか母ちゃん、変な男に騙される前に俺と出逢えた事を感謝しろ」

無意味に勝ち誇った表情で宣う俊の腕からパタパタ逃れてきた綿毛が、カイの鎧部分に激突してポロリと転がり落ちる。

「何故その速度でそうなる」
「ぴよん、へいん、あえる?へいん、しゅんさま、すき?」

転がり落ちた綿毛を拾う手が、僅かに躊躇いを滲ませた。

「皇太子に会うつもりか。…会ってどうする」
「へいん、ぴなた、いじめる。へいん、ひりす、いじめた、」
「ピヨン!」



大気を揺るがす鋭い声が闇を裂いた。
振り向かずとも判る、威圧感を持った目が背を貫く感触。



「…このニャムルが言うのは、東の果てか?」
「テメーにゃ関係ねェ」
「シュン、などと言う韻の名を聞いた覚えが無い。それは誠の名か」
「俺は、盗み食いはしても嘘は吐かない。…神には誓えないけど」
「ならば、信用しよう」
「は?」

振り向けば呆然とした眼差しに出会う。

「存在しない神など俺は信じない」
「…」
「ガイアもアーメスも、所詮人間が作り出した偶像だ」

小さな前足で目を隠す生き物が、腕の中で小刻みに震えているのを見やり、安心させる様に小さな頭を撫でた。
自ら生き物に触れたのは、何年振りだろうか。

「無意識だろうが、お前のその目は脆弱な生命を圧迫する」
「あ。…ピヨンごめん、デケェ声出したから吃驚したろ?ピヨンは何も悪くないからな、悪いのは俺の方だから、…泣くな」

目を覆ったまま一向に顔を上げなかった生き物が、ゆるりと顔を上げる。今にも零れ落ちそうな雫を浮かべた瞳が、真っすぐ主人を見上げた。

「賢いニャムルだ。己の失言を恥じている」
「失言なんて、してない。…俺が、」
「フィリス永世中立国の人間が、こんな所で路頭に迷う筈が無かろう」

ニャムルとまるで同じ表情をしている少年を覗き込めば、いつもは睨んでいる様な瞳が頼りなく揺れている。
凶暴なノイエ族に酷似した外見を忘れさせる、酷く幼い表情だ。


「太陽を崇める東の小国に、神を排他する黒髪の人間が存在する筈がない」
「…何も聞かねーの、お前」
「子供の身の上を聞いて、利益があるとは思えんからな」
「もしかしたら、さ」

片手にガイドブックを抱いたまま、空いた片手で砂避けローブの端をつまんでくる俊を横目に、

「もしかしたら、俺がフィリスの王族だったりするかも知れねェじゃんか」
「笑う所か、それは」
「もしかしたら神帝暗殺とか企んでて、自分が勇者になるつもりかも知れねェだろ」

随分、今夜は風が穏やかだと考える。冷え込む砂漠の大陸は砂嵐を巻き起こし度々旅人や鉄翼車を飲み込むが、その懸念は必要無い様だ。

「グレイブ=フォンナートならば涙を零して転げ回っただろうが、俺にそれを期待するな」
「グレイブって、コイツ?」

俊が開いた書籍を月明かりに当てて、それに写る金髪褐色肌の男を指差した。

「かつお。まっくろ、かつお、ひやけ!」
「違ェぞピヨン、コイツは別人だ。頭だって何かエルボラスみたいな髪型だし、ノイエみたいな黒焦げだし、口元に黒子がある」

カッツィーオは短く切り揃えられた白髪に、黄金の様な金茶の瞳を持つ美男子だ。リヒャルトお手製の耳飾りや首飾りをジャラジャラ纏い、酒も煙草も上等。
女性関係の噂は全くと言って良いほど聞かないが、宮廷の外ではどうなのか知れたものではない。

「これ、かつお、ちがう?かつお、ぴよんの、およめさん」
「そうか」
「そうか、じゃねェ!ピヨン、俺以外に求婚しちゃ駄目だっていつも言ってんだろー。そりゃまァ、稼ぎは良くても筋肉ダルマなフレアのオッサンよりマシだけどー」

出来れば皆が美人だと言うウァンコートやリヒャルトの方が良いのではないかと、美的感覚が人より大分ズレている俊も流石に困惑顔だ。
何よりカッツィーオは俊を毛嫌いしている節がある。女にモテる嫁など論外だ。


「嫁と舅の醜い水面下の争い…なんて胃に凭れるぜ。消化不良だぜ、ゲフ」
「あれだけ食えば当然だろう」
「かい、しゅんさまのおよめさん。しゅんさま、へいんのおよめさん?」
「ブフ!」

噴き出した俊が恐る恐るピヨンを見上げ、何とも言えない表情を曝した。

「俺が皇帝の、…嫁?どうしたらそんな考えに行き着くんだィ、ピヨン」
「へいん、お〜さま、おかねもち。へいん、しゅんさま、やしなう。かいしょ〜にょ」

ぽかん、と口を開いたまま硬直した俊の耳に、誰かの笑い声が聞こえた。
顔を上げれば随分高い位置にある美貌が、口元に手を当てて前屈みになっているではないか。

「く…あの神帝に、男の花嫁か…く、くくく。甲斐性は、無くもないだろうが…」
「しゅんさま、かっこい〜。へいん、しゅんさま、『ほ』のじ」
「ピヨン、ホの字って…」
「は、ははははは、大層な言葉を知ってるな、くくく」
「お前、…笑えんのか。吃驚だょ」
「ああ、俺も知らなかった」
「何だ、それ。…あ、何か凄ェ明るいぞあっち!」

くつくつ肩を震わせながら他人事の様に呟くカイを呆れた目で一瞥し、カイの腕の中に収まっている綿毛を一撫ですると随分向こうに僅かながら見え始めた街明かりを指差す。

「いつまで笑ってんだァ、テメー」
「シエスタだ」
「商業都市ってあんなに明るいのか?」
「不夜城と名高い4区は街全体が終日稼働している。役場は流石に無理だが、…菓子の量販店ならば営業中だろう」

遠目に窺える明かりを腕の中から首を伸ばし眺めている綿毛へ目を落とせば、くるりと振り向いた円らな瞳が見上げてきた。

「トト。ぴよん、トトかってい〜にょ?かい、五百ベネラ、い〜にょ?」
「駄目だ。おやつは三百ベネラまで。俺が買ってやる、そんくらいの甲斐性あるんだぞ?」
「4区の物質は割高だ。…徴税制度が国内で最も厳しい環境下にある」
「税金って、ガヴァエラみたいに百ベネラで五ベネラ、じゃねェの?ガルマーナで買った時はプチケーキ五個で六百ベネラきっかりだったぞ」
「他区は所得税以外を強制されない。シエスタだけが完全強制徴収だ」

住宅税、交易税、消費税、教育税、交通税、淀みないカイの声で眉間に皺を寄せた俊が片手でカイの尻を殴る。鎧のお陰で右手が赤く染まった。

「貴族も一般人も隔てなく平等に、と言うのが上院審議部の言い分だが。…貧困層は生活する事すら厳しい」
「ほーねーが折れたァアアア!気がする」
「実質、富裕層のみが住まう街だ」

俊の暴挙に慣れてきたのか否か、話の内容に付いていけずコテっと首を傾げた俊とピヨンに呆れ混じりの溜息を吐き、漸くシエスタ圏内を示す標識を捉えるのと同時に町外れの小さな商店街を見やり、そちらへ顎を示す。

「百聞は一見に適わん。丁度良い店がある、寄るぞ」
「魔導具店に用はありません。あんな高いモン買う金はない!」

自信満々に言い放つ俊がビシッと人差し指を立て、話を巻き戻した。

「で、浮遊してそうなアレが何だって?底無しバニ沼に浮いてる蓮根とロドキャットの煮物は絶品だけどな!」
「…徴税に耐えられぬ貧しい者が、ガルマーナへ移り住む」
「それじゃ、貧乏人は住むなっつってんのか。舐めやがって、コゲイブだかグレイブだか知らんが、ブン殴ってやらァ!」
「たたいちゃ、やー」

再び前足で顔を隠した綿毛に慌てて沈黙した俊は、然し不満を顕にしている。黙っていても睨んでいる様にしか見えない顔が、今では犯罪者の風体だ。

「グレイブ=フォンナート上院審議部長は未だ代理に過ぎない。シエスタが現在の体制へ変わったのは三十年も昔の話、取り決めた前役員は彼の父親だ。…それも来月までだが」
「何かあんの?」
「お前の花婿の戴冠がある」

揶揄めいた笑みを浮かべる無愛想顔を半開きの目で睨んだ俊は、無言で近付いてカイの腹を懲りず殴ってみる。然し略式とは言え立派に鎧、殺人拳骨も効果はないらしい。懲りろ。

「きゃー」
「…」

寧ろ右手の方が重傷。
骨には全く被害はないが、連打で手の甲が真紅に染まっている。

「そんなに父ちゃんを他の男とくっつけたいのか、この鬼嫁が。嫁は腰が命だからってそこまで重装備にする必要はないんじゃないかな、俺の骨はベスタウォールの魔導石より固いけども肌は繊細なんだぞコラァ」
「寧ろ折れていた方が大人しくなって良い。…ノイエ以上に凶暴だ」
「何かほざいたか、え?」

用が無い、と言った筈の店先へ真っすぐ突き進み、戸口に手を掛けて振り返る俊の尻尾の様な三つ編みを一瞥し、きゅるるんと愛らしい腹の音を発てる腕の中の生き物に嘆息する。
飼い主と言いこのニャムルと言い、何処まで我が道を進むつもりなのだろう。

「ぴよん、トトたべる〜。かい、ぴよん、トトおたべ〜」

期待に満ちた瞳が見上げてくるが、店の中に食料品はありそうもない。

「…とりあえず、目当ての物を仕入れた後に宿を取る。夜食はその後だ」
「トト、あとで〜。あわてるにゃんこは〜、トトないにょ」
「イイけどォ、新婚だからってやっぱり初めは別々の枕使おうなァ?」





別々の部屋、ではないのか。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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