紅き黎明の花嫁

唯一神の住まう玉座

祈りと願いの相違点

「やァ、懐かしい面々が揃った事を今一度喜び合おう」

緋色の詰襟で身を包んだ彼は、豊かな金糸を弄びながら優雅に微笑んだ。
彼の詰襟と同じ、色違いの詰襟で身を包んだ他の面々は外見こそ違えど、皆同じ様にある程度年嵩が行った者ばかりだ。

「これはこれは、引退した筈の我らを引っ張り出した張本人が仰せになる言葉ですかな団長陛下」
「ストルム副団長、年寄りにこの軍服は些か辛いものがございますな」

濃灰の詰襟を揶揄いめいた表情で弄び、ちらりともう一人の緋色へ視線を注いだ彼は淡く笑う。
唯一軍服を纏わぬ男は短く咳払いし、

「規則一、円卓での正装の絶対。…確かに、今さらこれはどうかと思うが」
「おやおや、ロズシャン軍事宰相閣下もやっぱり嫌なんじゃないですか」
「リヒト=ウァンコート隊長、ザナル様は相変わらずお若いと思いませぬか。引退した四年前から何ら変わり無い。
 なぁ、ネルヴァ=カッツィーオ隊長」
「違いない。唯一騎上ではなく、机上で軍を導いた我らが闘神」
「あらあら、十年前なんかうちの息子はザナル様に斬り掛かられそうになったのよ。
 しょっちゅう海外旅行に行ってたもの、帰って来る度に薄汚れて犯罪者染みていたから仕方ないかも知れないけれど。うふふ」

この場で唯一の女性が年齢を感じさせない笑みを浮かべ、一番最初にシャナゼフィスを詰った緋色の男へウィンク一つ。

「貴方に似て、冒険心があったものねぇ、フレアちゃんは」
「参ったな、外交官であるわしに似たのか、女だてらに出家ならぬ出陣した君か。我が息子の並々ならぬ好奇心はどちらに似たのか」
「兄君の野心はどちらも引き継がなかった様だが?ストルム侯」

クスクス笑い合う彼らにザナルがこほんと咳払いすると、漸く和やかな場が張り詰めた。


「諸君も存じの通り、我が102代黎明騎士団が一堂に会したには理由がある」
「うちの息子兄弟が『また』好き勝手を始めてね」

皆が一瞬で『やはり』と言う表情を浮かべる。中でも隊長以上の元騎士達は光のベルハーツ、つまり次代団長へ思い思い口を開いた。

「我が光のベルハーツはまた、振り回されておるか」
「聡明名高い王子唯一の欠点ですからなぁ」
「口惜しい。ベルハーツが副団長ではあれば何の問題もなかったろうに」
「シャナゼフィス団長陛下、ベルハーツ殿下だけならば何の問題もない筈だ」
「左様、わざわざ円卓を開く必要など何処にも」

にこやかだが有無を言わせない表情でシャナゼフィスを見つめる彼らは、暗に王位継承権の順位が低い日向を軽視しているだけだ。幾ら黒髪黒目の王子だろうが、年老いた彼らが認める次期国王はアルザークで揺るがない。

本人だけが知らぬ所か。


「いや、うちの長男が首謀者でまず間違いないだろう。目に入れたら痛いだろうが可愛いには違いないうちの俊タン…いやアルザークが身勝手奔放なのは今に始まった事ではないのも皆が知る所だろうが、エリシアが知ればラグナザードが滅んでも致し方ない。自らの命と引き替えにドカンと一発大魔法をぶちかましたら大事だよ。俺が乗り込む前にラグナーク大陸崩壊さ」
「陛下」

ザナルに睨まれたシャナゼフィスが口を閉ざす。突発的事項に弱い国王はあらゆる意味で混乱しているらしい。

「…こほん。で、ベルハーツに連絡を取りたい所だが、ストラ大陸の悪天候で飛ばしたニャムルが戻って来てしまった」
「ベルハーツ殿下は南のストラか」
「またこの暑い時期に奇特な」
「潮干狩りはシュバリエでやれば良いのに。魚介類取り放題」
「こんがり焼けて帰って来るのかしら、ベルハーツちゃんは」

誰一人、野蛮なノイエ族に危機感はないらしい。寧ろ逆にノイエ族に同情するほどだ。
あの狂暴なエルボラスやカエサルゴーレムを『微笑みだけで』追い払うベルハーツに、恐ろしいものなどまず存在しない。そう、兄アルザーク以外には。

「で、私達の可愛いアルザークちゃんは何処へ遊びに行きましたの?
 ─────シャナ団長。」

リリナ=ストルム、フレアスロットの母親にして前代副団長の妻である侯爵夫人は満面の笑みを浮かべ、周囲の皆も何処かわくわくした表情で国王を凝視した。
そう、全ての獣が逃げるベルハーツに反し、全ての獣が『負けると判っていて挑むしかない』アルザークはいつでも読めない。単純な様でその実、誰よりも繊細且つ豪放磊落な人間だ。

一度彼と拳を交えたら最後、誰もがアルザークに魅了されてしまう。


「恐らく、ラグナザードに」

にこり。
殺気すら滲む麗しい微笑で円卓は凍った。有り得ない国の名前を聞いた一同が一斉に耳を穿じり、一様に天を見上げる。

「陛下、ラグナザードとは…あのラグナザードですかな」
「世界の八割方あの国と言って間違いない筈ですが、あのラグナーク大陸の事ではあるまいな」
「嫌ねぇ皆、可愛いアルザークちゃんがラグナザードなんかに行く訳ないでしょう?先週だってうちに遊びに来て焼き菓子お腹一杯食べてったのよ。ねぇ、貴方」
「そうだとも。
 先々週だって血塗れの姿でふらっとやってきて、エルボラスを庭先で豪快に捌いて風呂入って帰って行ったんだ。ああ、わしの肩を5分くらい揉んでくれた可愛いアルザークちゃん」
「何を仰るか。うちには先々週ピヨンがぱたぱたやってきて、苺たい焼きをねだっていったぞ。うっかりへそくりで20個ほど買い占めた」
「ケチなカッツィーオ隊長らしくない話ですな」
「ピヨンの愛らしさは世界共通ですからなぁ」
「違いない」

皆が現実逃避だか俊の適当さだかピヨンの食いっぷりだかを語り、うんうん頷きながら聞いていたシャナゼフィスの隣でザナルが頭を抱える。
駄目だ、このままでは話が進まない。

「諸君らをこの場に招いたのは何もアルザーク第一王子の強行を知らす為だけではない」

幼少から知っている為に息子と同じシャナゼフィスを軽く睨み付け、厳格な面構えを一層潜めた彼は円卓の中央に世界地図を広げる。

「この数年、世界的に異常気象が観測されている。一定海域の水位上昇、また南南西に点在する孤島、クロノスゲート周辺の乱気流。
 各々一度は耳にした事があると思うが、これはラグナザードの気象台も警戒を示している所だ」
「クロノスゲートはベスタウォールの保護下でしたな。我がフィリスからは何万キロと離れている為に、実際の所は存じ上げませんが」
「我がリンドラウムの外れ、アーメス聖街道の末端には世界崩壊時から存在したとされるヘブンスゲートがございます」

ああ、そんなもんあったな、と皆が頷き、顎を撫でたザナルが窓の外、険しいバスティール樹海を一瞥して、

「近頃、バスティールが些か騒がしい。秘密裏に調査を放った所、不可解な鉄屑と、恐らく小型鉄翼車と思わしき残骸が発見された」
「鉄翼車ならフィリスにも所有している家は幾らでもありましょう」
「バスティール樹海を走る車など聞いた事がありませんが、ね」
「明らかに部外者の侵入痕跡を見付けた。が、機械だと思われる鉄屑の解析結果は撮影機材であると判っただけだ。何を撮影していたのか、記憶装置が破壊されていて解析する事は不可能だった」
「ラグナザードでしょうな」

何の事もなくストルムが口にした言葉でにこやかながらも何処か殺気めいた皆へ、それまで沈黙していたシャナゼフィスが立ち上がる。

「直に、アーメスの誕生祭がやってくる。世界崩壊以前は、8月1日と呼ばれていた夏の盛りが」

全ての人間が沈黙し、中には青冷めた者も見られる中、

「18年前の悲劇を繰り返さぬよう、今年もまた、俺は神に祈り震えながら過ごさねばならないだろう。あの日、灼熱の月に奪われ掛けた我が『銀髪の息子』を。…失わぬよう」

祈りにも願いにも似た囁きが落ちた。
空と海を固めた様な青い眼差しを眇めた国王の言葉はそれが最後、バスティールから注ぎ込む爽やかな風が皆の頬を撫でたが、





「神へ祈るしかない…」


誰一人、俯いた顔を上げる事はなかった。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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